2016年12月15日木曜日

私とマンデラ

J’ai participé au projet « Autoportraits - Robot » de Leandro Berra :  l’on fait son autoportrait à l’aide du logiciel utilisé par les services de police et du FBI. Vous verrez comment ça marche dans la courte vidéo (de 1’46’’) ci-dessous que j’ai filmée pendant qu’une participante reconstituer son visage. 
A mon cas, je suis très surpris que l'image de Nelson Mandela a apparu soudainement pendant cette expérience troublante. Par ailleurs j’ai découvert que j’étais conditionné par l’avis des autres selon lequel mes yeux sont aussi bridés que quasi invisibles.
Les travaux de Leandro Berra sont exposés actuellement à la Galerie Univer jusqu'au 14 janvier 2017 

11/20に紹介したレアンドロ君(Leandro Berra)の警察のモンタージュ手配写真制作用のソフトを使って「自画像」を作る企画に金曜参加させてもらった。
どんな風に作るかは他の参加者のご夫人を撮った次の短編ビデオ(1分46秒)をご参考に。


1時間以上かかると言われていたが私の場合はずっと早く済んだ。一つは日頃あまり自分の顔をよく眺めないので印象が大雑把で、大抵最初に「これ!」と選んだエレメントがベターと思えたから。モンタージュの顔は特に最初はのっぺらぼうというか肌がつるつるだから、急に若返って大学時代の学生証の写真を思い出させたり、はたまた知らぬ間にネルソン・マンデラが現れて来て、、、何故だ〜?

最後にしわを加えて「こんなもんかなあ、これなら犯人エイゾウも逮捕されることだろう」と終えたこの結果、どうでしょうか?



右はその直後にレアンドロ君が撮った写真だが、比べてびっくり、「私の目、意外に大きいではありませんか!」 というのも私、フランスではよく「エイゾウの目は細くて本当に見えているのか?」なんて言われておりまして、、、それが明らかに「目」を比較検討したときの選択基準になったと思うのです。つまり「他人の目」を気にする小心者の私らしい結果だったのかも。


注:日本人に評判の悪い長髪、切っていませんよ。選択肢にいかにも女性らしいヘアスタイルしかなかったし、耳という重要な構成要素も隠れてしまうので、髪は後ろで縛ってモンタージュに挑戦しました

レアンドロ・ベラが参加するグループ展 "Si photographes ..."はパリ12区の Galerie Univer にて1月14日まで 

2016年12月14日水曜日

頭がゴロゴロ 修正版

日曜の朝市でトニー・ブレアと の最後の別れを告げた(実は私は携帯をいつも持ち歩かない人間なのでわざわざ写真を撮りに戻った。その結果があのピンボケだからなァ〜)その後、食事の準備をしながらラジオ(いつもの仏文化放送)を付けたら私には面白みがあまり分からない高級(文学的?)お笑い番組をやっていて、日本では「あれかこれか決断のつかない状態をゴロゴロという」と言っている。服が選べないのもゴロゴロ、ハムレットもゴロゴロ、「なんのこっちゃ?」。私の聴き間違え?あるいはどういう勘違いかと思いつつ、小さなで産の額装を仕上げ、昼食を食べてグループ展の作品搬出に向かったのだが、さきほどサイト経由で再確認。やっぱり言っていておかしいよなーと昨日ブログを書いたら、ジャーナリストの飛幡祐規さんから、あの番組は「言葉の意味を想像して言葉遊びをする」のと私の大間違えを指摘して下さった。どうもありがとうございました。(つまりこの投稿は修正版です)追跡捜査も自分が聴いたのは1時あたりだからとポイントチェックしただけで大いに反省。後で日本文化の学者さんが本当の意味を言っていました。基本的には部分的にしか聴かなくてもフランス語が完璧な人には状況がわかったはず。二重に反省です。

とかなり自信がなくなってきましたが、こういう「謎」はよくあって、、、

去年か一昨年ぐらい前に「日本の性文化研究家」が風俗店では男性がペニスをウジの中に突っ込んで悦ぶというのを言っているのを聴い た。私は風俗の世界のことは全く分からないので専門家を前に何を言わんやだが、これはスカトロジー以上にずっと気持ち悪いし「ちょっとないと思うなぁ〜」 と色々想像した結果、セックス・トイの話もしていたし、これってひょっとしたら「蠕動運動」というのを完璧に誤解しているのではとの推測に至ったのだが? 放送ソース検索したけれど分からないのでまた私の大間違えかもしれませんが。

それから日本人が「ノー」と言えないのは聖徳太子の十七条憲法の「和を以て貴しとなす」に由来するというのもあった。でもここの「和」は、歴史上「豪族の争い」の平定のゆえでしょ?

コチラもソースがわからなかったからいい加減なこと限り無しですが、また分かった時にまた書き直せるように以上2件そのまま温存させてもらいます。 

実際一度マスコミが流してしまうと信じ込まれてしまう誤解があって、一番良い例は「日本人がマスクをするのは大気汚染のため」という70年代(?)の報道の誤りもおそらく今でも生きている。いくら私が否定しても個人の意見なぞ大新聞、研究所などの権威の前では風に吹かれる塵のごとし。

日本のことがこうだから相対的に見て、他のテーマでも放送で聴いて「へえー」なんてびっくりすることは疑ってかかったほうが良いと私は思っているのです。


写真は2014年3月29日のドローイング”21st Century Schizoid Man”で頭がゴロゴロした状態かと?
このキング・クリムゾンのデビュー曲を歌ったグレグ・レイク、数日前に亡くなったそうです


参考:フランス語の分かる方に

ゴロゴロのソースは次のリンクの放送5分34秒ぐらいからでした
https://www.franceculture.fr/emissions/des-papous-dans-la-tete/quand-les-papous-font-golo-golo

2016年12月12日月曜日

朝市のトニー・ブレア

昨日朝市に行ったら、トニー・ブレア(ウィキ)こと我が近所のジャンヌ・ダルク教会の日曜の朝市に来るパン屋さん(写真がピンぼけですが結構似てると思いませんか? かつフツウのフランス人に似ずブレア首相のようにいつもニコニコ)が、パンの大きな固まりをいつものように半分ではなく丸ごと買ってくれという。うちにはまだパンが残っていて買わなくてもよいぐらいなのだが、毎週の習慣というか、パン屋さんで小麦粉も微妙に違うから「食」のバラエティーの為に日曜はブレアのパンを買うことにしていたのだが、、、何と「今日が最後だ」と宣言され、ええっ! ここの朝市はそんなに儲かりそうもないから違う所へ行くのかと思ったら、去年のテロ以来収益激減、もうパン屋自体を廃業するそうだ。

気さくで良いお兄さんだったし、パンのクオリティーも高かっただけに私は大ショック。人に宣伝してあげてた割にはお客になった隣人はいなさそうだし、私の影響力のなさを嘆くばかり。
「どうするの?」という私の質問に、「今までもいろんな仕事してきたし、何とかなるよ」とやっぱりニコニコと快活、最後までブレアらしく振るまってくれた。

流石に最後ですから、「田舎パン丸々」はいらないもののクロワッサンと食パン大のブリオッシュまで買って私は「一日マリー・アントワネット」になったのでした。

閉店ショックはつい最近「アラブの店」でもあった。 「アラブの店」とは、コンビニのないフランスで夜中まで日曜も開いている「アルジェリア系のおじさんの経営の食品雑貨店」。勿論スーパーに比べて値段は高めだがアトリエ近くの一軒は双子のおじさん兄弟が話し好きで、一品二品の買い物の場合は小店舗保護の為にも努力して(?)利用していたのだが、しばらく留守をしていた間に看板がきれいになりチェーン店みたいな名前がついていると思ったらおじさんの姿は今やなく、若いのが口もきかずスマフォを叩いている。こりゃ駄目だー。こちらの方は、おじさん兄弟の引退ゆえ。

ともかく「朝市」にしても「アラブの店」にしても、黙々として品物を選んでレジでお金を払うというのではなく、たいしたことではなくても「交流・会話」があるのがいいところなのだが、それに何故もっと「付加価値」が見いだされないのか。。。

加えて先日スーパーのレジ、結構可愛い女の子がお客のおばさんに何か言われて、(日本なら自分の問題ではなくても「申し訳ございません」となるところだが)、何と "Je m'en fous"(「関係ねーよ」)というひどい対応をする所を目撃(当然おばさんは怒った)。

パリのスーパー恐るべし(勿論感じのいい人もいますが、、、)

「似てる」といえば11/20記載のレアンドロ君のモンタージュ写真プロジェクトに参加させてもらいました。こんなですが似てるでしょうか?。但しこれはまだ制作過程でのスナップ、最終結果はまた今度。


関連投稿:
  
マリー・アントワネットになった坂田英三 

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2016年11月20日日曜日

ことのはじまり

パリの11月は例年「写真の月」(1980年以来2年ごとだったらしい)ということになっていていたのだが、それが仕切り直しで来年春からになるとかで今年の11月は「写真の月」ではないらしい。だがグラン・パレでパリ・フォトというフェアが開かれていたし、画廊でも写真展が多い。だから幾つもの写真展を見たが、、、今日はお友達の紹介。

友達のレアンドロ・ベラ Leandro Berra (website) が、FBI、仏警察が使う「モンタージュ写真のソフト」を使って有志が自分で作った「自画像写真」をグループ展で展示中。実際のポートレートとモンタージュが並べられて、これでは犯人が捕まりそうもないなぁという印象を受けてしまう結果の連続、人間の記憶の曖昧さが主題だが、実は彼がこのシリーズを始めたきっかけが劇的。レアンドロ君はアルゼンチン人。軍事独裁制下の国に残った友人が拷問を受け殺される前に知り合いを密告、その中に自分が名前が入っていたという事実を2002年に知る。そのことを批難するのではなく、友人の苦しみを想像し、彼のことを良く覚えているという事実を伝える為に20年以上び昔の写真ではなく、記憶を通した「モンタージュ写真」でオマージュを考えたのがこのシリーズの始まりだった。

この他グループ展では、火事で真っ黒になった本棚とかを撮った「火好き」の私にはたまらない作品もあったがこの燃えた家は作家(Judith Baudiner)自身の家だとか。
画廊を入ってすぐのGilles Molinier(web)の幻想的な写真は、桑の紙に印画してそれに裏から光を当てて…と複雑な工程を彼は愛する「木」を撮る為に生み出したとか。

この写真展 "Si photographes ..."(駄洒落で6人展です)はパリ12区の Galerie Univer にて12月24日まで

* * * * *

こちらはもう終わってしまったが*、知り合いでサドマゾ風なエロチック写真を撮るフレデリック・フォントノワ Fréderic Fontenoy (website)の個展もあった。


私が彼の写真が好きなのは鏡の反射や調度品が凝りに凝っているところ。かつ殆どの写真には自分が登場するから気が遠くなる「舞台設定」の仕事なのだが、彼の作品の出発点には自分の祖父がナチの協力者だったという大ショックがある。日頃は硬派の政治ジャーナリストの飛幡祐規さんが彼のことを有料メルマガのROADSIDERS' weekly 2014/11/19号に記事を書いているので、その祖父の人生のくだりを数行引用させてもらうと、、、

「多才で行動的なフォントノワ(注:祖父のこと)は貧しい環境に生まれたが、国の給費を受けて学業に励んだ。共産主義に惹かれて2年間でロシア語をマスターし、トルストイの『ハジ・ムラート』を訳した。1920年代なかば、ジャーナリストとしてモスクワに派遣されたが、そこで反共産主義者になって中国へ行く。上海ではフランス語の新聞を発刊し、蒋介石の顧問になるが、阿片にはまった。1934年、フランスに戻って小説を書き始めるが、1937年にフランスのファシスト党のメンバーになる。第二次大戦中はナチス協力者になり、最後はベルリンに行って、ヒットラーに先立って自殺した・・・」

この波瀾万丈の祖父は、息子(つまりフレデリックの父)が3歳の時、バレリーナだった祖母と別れたが、その祖母は祖母で、人形を使ったシュールで残虐な世界(反ナチズムの意味も持つ)を創り出したハンス・ベルメール(ウィキ)の愛人だったそうで、、、。こういう超ヘビーな、生まれてもいなかった過去を清算するべく、彼は自身をお祖父さんにダブらせて写真の中に登場し、極めてエステティックであると同時に何か可笑しい「エロスへの支配と服従」の劇を演じ続けている。

レアンドロの作品もフェレデリックの作品も昨今の不気味な時代の流れの中で変に現代性を帯びて来たように思えるが、彼らの作品の発端のドラマを知れば知るほど、ますます「私の蝶々はいったい何なのだろう」とその「耐え難き軽さ」に忍ぶ私なのです(前投稿参考)

会場にて上の写真(最後の晩餐?)の前で、飛幡さん、フレデリック君と

後記:フレデリック君の個展は27日(日)まで会期延長だそうです!
L'expo de Frederic Fontenoy est prolongée jusqu'au dimanche 27 novembre.
LE BALLON ROUGE galerie : 10 Rue des Gravilliers 75003 Paris
Du mardi au samedi : de 12h à 19h & Le dimanche : de 15h à 19h

2016年11月8日火曜日

蝶は常に舞い続ける

前々回及び9月の設置時に私の蝶々のインスタレーションを紹介したが、そのタイトルは「蝶は常に舞い続ける」。展示期間が秋だったので「枯れ木に舞い続ける人造の蝶」という皮肉なテーマだったのだが、その仕事に行く前に蝶々のドローイングも幾つも描いた(勿論海水で)。


先日アトリエに見に来る人がいたので整理したら上の写真二点を始め大きなデッサンを8枚も描いていた。その前に2年前に作った俗称「卵シリーズ」(「今日世界は生まれた」)をまたリテイクし、完成度がぐっと高まったのでちょっと方向転換でよりフリースタイルで。これはインスタレーションに合せて(?)という理由にもならない理由から始めたのだが、考えてみると2014年にも素晴らしい小品(右写真)を描いている(単なる自画自賛ではありません。もう「個人蔵」ですので☺)し、もっと昔を振り返るとまだまだ色々出てくる。

という訳で何か因縁がありそうなのだが、子供の頃は青虫には刺されて文字通り痛い思いをしているし、蝶々の身体は生柔らかくて 、よく見るとやはり幼虫を思わせるからあまり好きではない。蝶々で連想することと言えば、ごくフツウにあの煮え切らない話の「蝶々夫人」、学校をさぼってまでも鈴鹿の山に採集に行っていた中学の同級生、いえいえそれよりは初めて見た時驚いた(勿論フィルムで)、19世紀末から20世紀初頭にキャバレー劇場で一世を風靡したLoïe Fullerの衣装と照明を組み合わせた「蝶々ダンス」だろう。蝶々ドローイングの胴体は人間だからこれがモデルなのかとも思うが、自分のことながら心もとない。「どうして蝶々なんですか?」ときかれると「神のお告げ」とでも言いたくなるが、これでは現代作家としては失格でして、、、。



私が蝶々の好きなところといえば、風が吹くとフワッと流され、これでどうやって花の蜜を吸いに行くのだろうと不思議に思わせる「いかにも頼りない飛び方」に尽きるだろう。だからガニーの展覧会の天井から吊るした蝶々(右下写真)も人が通ると揺れ、ジロンド河口地方の蝶々も風でフラフラする。まあこの点が結局私の生き様と共通しているのかもしれない。

蝶々のインスタレーションは評判が良いのだが、(1/28)にも書いたように、紙を蛇腹折りにして作るアイデアは母が老人用デイサービスで作ったのを見て流用しているので少なからず居心地の悪いところがある。だってそれを知らないフランス人に明かすと「なんだ〜」ということになって、「雨の絵」や「キス集め」、それに「海水ドローイング」というオリジナル作品群の沽券にかかわってくると思うから。
だが私の危惧に反し、大方の人は初めからそれらも「日本では知られた技術なのだろう」と私の試行錯誤の結果(純然たる発明?)とはつゆ思わない人の方が多くて、、、


以前の関連記事
 不死身の蝶々
出稼ぎがバカンスに

今日はのんびり、昔話
Mon expo à Gagny ガニーでの個展 
ガニーのオープニング 



 

2016年11月6日日曜日

シルク・アンビジーブル(見えないサーカス)

2014/5/19の「チャップリン尽くし、、、」に紹介したチャップリンの娘のヴィクトリアさんとご主人ジャン=バティスト・ティエレの「見えないサーカス」(Le cirque invisible)が今年もシャンゼリゼのロン・ポワン劇場(Théâtre Rond Point)であり(11/15-27)、予告編ビデオを見ていたらまた行きたくなって来た(寸劇的演し物はあまり変わってないような気がするが、、、)。10/24に書いたデュクフレの舞台とは規模が違うけど、遊び心と発明の才にあふれているところは同じ。やっぱり楽しいな〜

今日は只々そのビデオの紹介です。


追記:劇場のプログラムをよく見たら12月は彼らの息子の、私がイチオシのジェームズ・ティエレの新しい劇(?)がかかっている。まさに「チャップリン尽くし」です。


参考投稿
チャップリン尽くし 親から子、子から孫へ、、、(2014/5/19)
ジェームズ・ティエレのラウル(2014/7/27)
愛知トリエンナーレとの遭遇(2016/10/24)

2016年10月29日土曜日

不死身の蝶々

J'ai a reçu des belles photos des papillons que j'avais réalisés au mois de septembre au Port Maubert dans le cadre des "Sentiers des Arts "  (de l'Estuaire  de la Gironde). J'en présente ici quelques-unes de ces photos prises par Monsieur Gérard Manuel. Par ailleurs les papillons sont encore là-bas jusqu'au 2 novembre.

Par ailleurs, au bas de l'article, je publie le discours d'inauguration que j'avais préparé mais je n'ai pas eu d'occasion à faire :)

9月に行ったジロンド河口の小さな漁港ポール・モベールに作ったジュースパック製の蝶々のきれいな写真をマニュエルさんという方が送って下さったのでここで紹介。野外展覧会は11月2日まで開催中。蝶々は場所を変えて今後も保存されるという話もあります。乞うご期待

 


Puis voici un beau portrait de l'artiste au travail pris par Monsieur Alexandre Garcia. 
そしてこれはガルシアさんが上手に撮ってくれた仕事中のポートレイト


以前の関連投稿
3 articles précédents concernant à ce sujet :


Appendice : Discours d'inauguration 
 
Je suis venu observer un phénomène exceptionnel qui se passe actuellement au Port Maubert: un rassemblement de papillons urbains.



Probablement vous connaissez très peu sur les papillons urbains, même si vous habitez dans une grande ville, parce qu’ils savent bien se dissimuler dans l’environnement en évoluant les motifs des ailes similaires aux divers packagings alimentaires.  Ainsi ils vivent souvent dans les décharges, et ils savent se cacher même dans les grands magasins, où ils se mue sans être remarqués par personnes. En fait il y a encore plein de mystère dans leur vie.



Les certaines familles comme morpho tropicana habitent partout dans les grandes surfaces, les autres préfèrent un enseigne précis comme Morpho cuadrifurcus.



Ce qui distingue clairement ces papillons urbains des autres, c’est l’envers de l’aile. Contrairement au face qui est multicolore et a des divers motifs, l’envers est en couleur unique : blanc, brun ou argent, d'où secrète l’hormone d’odeur fruitée ou lactée.



Parmi les papillons rassemblés au Port Maubert, j’ai même observé les papillons d’origine étrangère, une dizaine d’Autriche et trois du Japon ! J’ai trouvé une espèce rarissime comme Morpho Avocas !!



Mais pourquoi ce phénomène, cette folie de ces papillons qui se sont échappé de leur environnement habituel au risque de la vie ? Et qu’est ce qu’ils vont y faire ? Un grand croisement des espèces pour leur survie ? Ou un suicide collectif ??



Certainement la chaleur tardive et forte de cet été aura un rapport avec … Mais il sera plus raisonnable de supposer que ce phénomène est lié au dérèglement non seulement de cette année mais aussi au celui de plus long terme ; un réchauffement du climat généralisé.     

2016年10月24日月曜日

愛知トリエンナーレとの遭遇

今年の秋は愛知県では3年ごとのトリエンナーレが開かれていた(昨日10/23まで)。今回は特に舞台芸術に力が入れられ、パリで毎年見られる有名アーティストにはまだ良い場所の残席があるのでびっくりして、全く知らないグループはパリに来るかどうかわからないのでという理由から、結局ついつい幾つも見てしまった。

その中で一番新鮮な驚きがあったのはチェコのダンスグループのヴェルテダンス(VerTeDance) の"CORRECTION"。舞台にダンサー(確か7人)が並んで立っているのだが、彼らの靴は舞台に固定されている。つまりステップのないダンス。波が伝わるようなしなやかで「現代ダンス」的な身体の揺れに始まり、それが徐々にばたりと後ろや前に倒れたりと私には一度たりともできぬアスレティックな大変な筋肉運動を伴う動きに変わって行く。列になったダンサーは互いに共感しあったり、連帯するかと思えば争いあったり、狭い視野の「村社会」を表わしているような、、、。私は最後には皆靴を脱ぐことだろうと思っていたのだが、見事に裏切られた。メンバーの一人が「束縛は靴、これを脱ごう」と気付いたのだが他の全員がそれに反対(勿論これは無言劇)。そして文字通りの足枷のままディスコで狂乱して踊るような光景で終わる。コミカルかつ劇的、流石にカフカや「兵士ツヴェイク」(ウィキ)という不条理な確固たる世界批判を生んだ国のカンパニーだけのことはある。クラリネットの楽団が生でミニマルな音楽を伴奏することも魅力。参考にはこのビデオですが 、もう一つです。彼らのサイトにもビデオがあるのだけど、これは普通というか凡庸で舞台のすごさが全然出ていない。この為にKさんの推薦にもかかわらず見ようか見まいか迷ったぐらいだったのだが、見て良かった! でもCORRECTION、修正というのはどういうことなのかな? 私の読みが全然違うのか?

生演奏と言えばいつものようにしゃれた幻想世界を創り出すフィリップ・デュクフレの「コンタクト」はダンスというより見事にミュージカルの観を呈していた。主題がファウストなのにあの軽さと美的なメリハリの良さはまさに「おフランス」、何とも言えませんね〜。ヴェルテダンスのビデオとは違いデュクフレはこの手のプロですから、トリエンナーレ用の次の楽しい宣伝クリップを見ても行きたくなりそうなものだけど、1週間前に舞台から数列目の良い席がまだ残っていて(それで即購入)、、、当日の入りももう一つというフランスに住む私には驚くべき状況。デュクフレは30歳の若さでフランスの1992年の冬季オリンピックの開会式を担当して一躍有名になった(若い人はこの驚くべきイベントを知らないでしょうが、youtubeでも色々見られますのでご参考に)。でも愛知県ではいまいち知名度がないらしくて、、、これを思うと私の個展に人が来ないなんてのは当たり前ですな〜。それは兎も角、メンバーのほぼ全員がダンスに歌、曲芸をこなすのはすごい!


それに私がブログで一昨年の夏に書いた現代フラメンコのイスラエル・ガルバンの「ソロ」もあった。素晴らしかったけれど、これはパリの方が良かった。理由は簡単、劇場バックが黒で、黒い衣装だったから。関係者の人たちは翼側に座っていたようなのでそれをあまり感じなかったのかもしれないが、これでは彼の細かな手足と動きがよく見えない。もったいない。。。

豊橋の公園ではアニマル・レリジョン Animal Religion というバルセロナのサーカスグループの野外公演があった。これは全く知らないがバルセロナだからバイオレントにやってくれるだろうという期待から。というのも80年代にバルセロナの La Fura dels Baus(ウィキ)の公演を見て服は濡れ埃まみれになった新鮮な想い出があるから(正直事故が起らないか不思議だった)。アニマルさんはそれなりに暴れて、巻き込まれた観客を喜こばしていたけれど、ひょっとしたら日本だから手加減したかも。

豊橋ではついでに吊られた石を口笛(息)を吹きかけて動かす結構可笑しなパーフォーマンスも見て、、、(これは私の横に座った子供と私以外の人は、何十億年もの石の記憶を呼び起こすという「現代アート」らしい自惚れた解説をマトモに信じたかの様に難しそうな顔をしていた)

それに何の因縁か、名古屋市美術館に行ったらフランスのモンペリエのカンパニー・ディディエ・テロンというグループのプクプクふくれた衣装を着たダンサーたちがビデオ用の撮影をしていて、居合わせた若者とダンスバトルなどして可笑しかった。

私には僅か1週間のうちにこんなに様々で、質の高いものに「遭遇」できて幸運だった! (「遭遇」というのは日程をその為に合せたわけでもなく 、諸事情から母の一回忌が遅れ、歯痛で遠地への「温泉旅行」もする気がしなくなったから。舞台が面白いときは歯痛も忘れハッピーでした)


この素晴らしい舞台芸術のセレクションに対し、トリエンナーレの「国際造形美術」の方は(半分ぐらいしか見ていませんが)つまらなかった。 「旅」というテーマのために、悪いロードムービのようなビジュアルなインパクトが欠如した、方法論的な饒舌さが目立ち(それが目的と言われればそれまでですが)、かつパリではあまり見れないと期待していた第三世界のアーティストたちも先進国の現代アートの様式を真似るばかりで、、、。印象に残ったのは??? ムッソリーニが倒れてイタリアが敵国となり豊田の寺に強制収容されたイタリア人の写真家にして民族学者マライーニの家族の話ぐらいかなぁ(これはアートでなくドキュメンタリー部門)。そうそう、豊橋の鏡面時計のインスタレーション(久門剛史)はきれいだった。

私の友達は「現代アートが好きな人がなくなっちゃう」と嘆いていたが、これほどだと「劇場」への入りにも影響したかも知れない。6年前に見た第一回目は面白かったのだけれど、今回はともかく大いに落胆。

そして最後の絞めはトリエンナーレではなく、四半世紀経ようとする今でも心に残る懐かしのデュクフレのオリンピックの開会式で♫(若い人たちに見てもらいたいので)





付録:スパイラルホールのサイトからの抜粋: 
ヴェルテダンス VerteDance
チェコ共和国を代表するダンスカンパニーヴェルテダンスは、ダンサー・振付家のヴェロニカ・クニトロヴァー、 テレザ・オンドロヴァーと照明デザイナーのパヴェル・コテリークの3人によって2004年に創設。これまでに約20のプロジェクトを製作。チェコおよび世 界のダンスシーンにおける多くの著名なアーティストたちとの共同作業を行ってきた。チェコのダンスの分野で最も名誉ある賞、ダンス・ピース・オブ・ザ・イ ヤーを3度も受賞した国内では唯一のカンパニーである。

2016年10月23日日曜日

カキカキカキ

Je recommence la vie parisienne d'une bonne manière, d'une part à cause du mal aux dents. Par ailleurs on appelle des huitres "kaki" en japonais. 

昨晩パリに戻った。前回は洪水とストだったが、今回も郊外線が(事故の為とか?)正常運転していなくてプラットフォームに人があふれていて疲れた〜。

でもパリも「住めば都」、住まない人にはもっと「都」だろうが、、、 その「都暮らし」再開の気分高揚にと、朝市に行って一番良い生牡蠣を買って昼食にした。勿論白ワインで贅沢に(笑)。
八百屋でカボチャも買ったのでその後は「冬らしくスープかなァ」と思っていたが面倒くさくなってハンバーグにした。

実はこのメニュー、何のことはない、「あまり噛まずにすむ」から。というのは日本滞在中に歯が痛くなって眠りも妨げられ、、、結局知り合いの歯医者さんに診てもらったところ歯周病とのこと。細かく丹念な歯ブラシに勤め、激痛はひいたものの、今も進んで硬いものを食べる気はしないのだ。

牡蠣の後ろに写っているのは実家の庭になっていた柿。誰も世話をしないのに草木は育ち花咲き、実が沢山なるのは不思議を越えて奇跡のような感じがする。勿論こんな「生柿」を持ち運ぶのは禁止されているはずで、空港出口に普段はいない税関が人を止めて調べていたのでちょっとどぎまぎ。怪しい長髪ゆえかノーチェックで無事にパスしました(笑)。

歯痛の所為もあり大旅行の気は失せ、今回の滞在は「近場のアート鑑賞」といういつもにないパターンになりましたが、このことはまた今度書きましょう。

追記:日本の先生によれば、パリのF先生に「ストレス一杯の私」と勘ぐられた歯の無数のヒビは、西洋人に比べて歯が丈夫でない日本人には当たり前のことらしいのです。人類の坩堝のパリの先生の方がこういう比較人類学的見地を欠くというのはどういうことだろう? ただ臨床例の少ない少数派民族の事象と切られてしまえばそれまでの話で、、、。というように「移民」が「一般市民」となるのは大変なことなのです。(ちょっと話が飛んだかしら?)


2016年9月21日水曜日

"Sentiers des Arts"の推奨作品

Aujourd'hui j'aimerais vous présenter les deux oeuvres de  "Sentiers des Arts" qui m'ont beaucoup plus. Elles sont simples et subtiles, remarquables sur place, si elles ne sont pas nécessairement attirantes dans la brochure (téléchargeable sur le lien ci-dessus).

La première est celle de Mark KRAMER.  Un espace dont les murs sont percés par les nombreux trous identiques devient un vrai cosmos. Nos yeux captent les luminosités et les couleurs variées. C'est magique!

Puis celle du Collectif les éoliens (Rémi DUTHOIT & Franck FEURT) : les nombreuses girouettes composées d'une branche d'osier et d'une plume au sommet de bambou.  Elles s'orientent à la direction du vent en tournant leur plume. De plus les bambous se vibrent.

A propos du vent et le bambou, il y a deux tours réalisés par l'Association Artisans du Vent (Didier FERMENT & Bruno TONDELLIER) qui chantent avec le vent.

Ce sont les travaux qui appellent à nos sens à la fois directement et délicatement, donc il faut être là ! Si vous êtes dans la région, ça vaut vraiment la peine de votre déplacement.

Jusqu'au 2 novembre

(les sites des artistes ci-dessous)


私の「蝶々」は置いておき、このファスティバルでは私が特に紹介したい作品が二つある。
ともに小パンフレットになっている企画デッサンでは「何だこれ?」という感じなのだが、シンプルなアイデアながら結果は絶妙、その素晴らしさは現場で実感してもらわないとわからないのだが、、、

一つはオランダ人Mark KRAMERの小さな穴が沢山あいた空間。外見はボクトツとしたものだが、内部に入ると星降る宇宙空間。同じ穴なのに微妙に光の色も違う。本当に入ってみてのお楽しみ。

もう一つは竹の上に着いた羽が一端にある細い枝の群れ。風の方向に合せて動き羽がくるくる回る。これがどうして上手く機能するのか私にはわからないのだが、ひょっとしたら不完全な形と風の揺らぎがこれを生む? 風見鶏の用に動く枝葉は小魚の群れを思わせ、羽の回転は振動となって竹に伝わり、、、。このCollectif les éoliens (Rémi DUTHOIT & Franck FEURT)も実体験あるのみ。

竹と言えばもっと太い竹を円錐形に組んである塔が二つ、一つは竹に穴があいており、もう一つは弦が張られていて、風に吹かれて前者はボーボーと、後者はヒューヒューと音を立てる。これはAssociation Artisans du Vent (Didier FERMENT & Bruno TONDELLIER) の作品。これとCollectif les éoliensの作品は河口の葦の原を吹き抜けける強風を使い、ちゃんと場所の特異性を生かしており、私の好きなタイプの「正真正銘のインスタレーション作品」。これに比べると私のは何処でもできて恥ずかしいなァ…

というのは話半分。この地方、葦は一杯あったが背の高い竹など生えていなかったし、サイトを見るところ、彼らもほぼ同じものを色々なところへ廻している様子。短期滞在型のフェスティバルに参加するアーティストの多くは結局こうなるのでしょう。


紹介した作家のサイト

Mark KRAMER 
Collectif les éoliens(違う場所のだが回転しているのがビデオである) 
Artisans du Vent(作り方まである)

2016年9月20日火曜日

出稼ぎがバカンスに

Pourquoi le séjour de travail est devenu assez oisif?

Tout d’abord le service technique de "Sentiers des Arts” a été excellent : très bien organisé et disposé à aider aux artistes.
Deuxièmement j’ai demandé à un couple d’amis de venir m’aider en voiture. (En fait je ne conduis pas) En résultat le travail avance trois fois plus vite.
Troisièmement  la période de travail proposée était très courte (moins d'une semaine), j’ai conçu donc un projet très peu “in situ” : j’ai fabriqué les papillons en carton de packaging alimentaire dans mon atelier parisien. En fait c’est carrément un contre-pied de ce que je faisais jusqu’au 2011 où j’ai arrêté « les travaux dans la nature ». (Voir la vidéo suivante).
Alors pourquoi ce virement ?   Tout simplement ce type de travail sain (en plein air, rencontres avec des  gens…) a commencé à me manquer. Par ailleurs le paysage de cette région peu connue me semblait très beau (en fait il l’est. A découvrir). De plus le budget m'est assez confortable! Donc je me suis inventé une nouvelle voie : métamorphoser des emballages perdus en poésie. En fait « Vache qui ne rit plus »  + Papillons de Gagny a fait ça :)


今日は本題:何故出稼ぎ出張がバカンスになったか?
経緯を書くと:

ボルドー駅で今回の私の運転手兼アシスタントを務めてくれる、車で大旅行中のカップルのGさんとCさんに拾ってもらったのが日曜(11日)の午後。そして宿泊先へ。今回はジット gîteと呼ばれる観光客用の一軒家を1週間借りた。人気のない地方で、かつバカンス明けだから、3人の宿泊と考えるとものすごく安いこの宿、農家の家督屋を改造した古い石の建物は外観はこじんまりした感じだが、内部はサイトで見た写真の感じより広くて大満足(実は寝室が3部屋もあるのでお客さんが来ても大丈夫なぐらい)。作業場所である古い漁港への近いのが一番という基準で選んだので低地帯にあると思っていたのが、葡萄畑が見える小高い丘にありなかなか心地よいところだった。(詳しく知りたい方はコチラ

作業初日の月曜日、最初の予定では雑草を伸び放題にしてもらってその中に伐採した木の枝を杭にして金網を張り、蝶々を針金でそれにつけるという計画だったが、今年の夏はこのジロンド河口地方は特に猛暑で雑草は伸びるどころか「枯れ野」の風情。1~1.50mに切った枝を注文しておいたのだが、現場に届いた木はただ切り出された低木そのままで、わたくし用なのかも疑ってしまう。こう状況に合わせ急遽プラン変更、木をそのまま地面に立てることにした。それを技術班チーフに告げると午後一番にエンジンドライブの「ボーリング機」を持って4人チームが駆けつけてくれた。「これはあっという間に穴が開く」と思いきや固い地盤があって意外と難航、汗だくでほぼ力尽きるまでやってもらった。

私も色々の企画に嘗て参加してきたが、こんなに迅速にしっかり助けてもらえるのは珍しい。このお陰で準備はグンと進み、立案時は一人でするつもりだった蝶の取り付けを3人掛かりでしたら火曜日の晩には大体もうさまになって来たのであとはもう余裕、前回書いた港にある唯一の魚屋で新鮮な魚を買い、上記の制作用に運ばれた余分な木の枝で炭火を作ってほぼ毎日バーベキューをし、少し地方観光までして、かつてないバカンス風制作となったのでした。

実際これはある意味「予定通り」。
この手のフェスティバルに参加するのを休止した2011年までの私の「自然環境での作品」* は、素材調達も制作も、できれば考案から現場でというアプローチだったのに対し、「テトラパックの蝶群」はパリ製:アトリエの建物のゴミスペースに張り紙して6月以来毎日少しずつ制作した。現場の作業はそれを何らかの方法で据え付けるだけで、昔の私には許せない楽勝プランだったのだ。それを何故許したかというと、野外で人(企画関係者や他のアーティスト、それに住民)と会って制作するのは心身ともに健康に良いし、この全く知らない、かつ自分から行きそうもないジロンド河口地方、写真で見るときれいそうだ、そしてしっかりペイも良いしという現金な理由。短期滞在しかできないときはこういうのもありかと考えたのでした。蝶々の作り方自体は基本的には昨年亡くなった母が老人用デイサービスで色紙を使って作っていたのを応用したに過ぎないし赤面ものですが、企画提出が通ってしまったからには責任とって作るしかないですよね。誰でも知っているものでも芸術に昇華させるのが腕の見せ所とも言えましょうが、本当のところは「安易過ぎてしたことのあるアーティストがなかったことをした」のが私のオリジナルなところでしょうか(=オノ ヨーコのおみくじみたいに)
 
企画は意外に受けていて大きなポスターにもなっていました~♫

現地では蝶々は風に揺られて、てふてふと、、、

参考:
* 以前の仕事と私が何故止めたかのビデオ


2016年9月19日月曜日

魚とエビの日々

Je suis allé à l'Estuaire de la Gironde  (côté Charente-Maritime) pour réaliser  mon projet d'installation dans le cadre de "Sentiers des Arts". Cette fois, pour les plusieurs raisons dont je parlerai prochainement, le séjour de travail est devenu assez oisif, on a fait presque tous les soirs le barbecue de poisson ! Donc j'écris d'abord sur le merveilleux poissonnier "Délice de Maubert" qui se trouve au Port Maubert (St Fort sur Gironde) qui est le site de mon installation. Le petit poissonnier est géré par deux femmes, leurs maris sont les derniers pêchers du port. 
Et puis sur un mystérieux fabricant de fromage de chèvre... 
Je voudrais bien faire leur pub, mais ils n'ont pas leur site, apparemment.

大河ジロンドはボルドーを通り、その後北西に大きく口を開くようにして大西洋に注ぐ。そのジロンド河口地区、右岸と左岸で地層ががらっと違うそうで、左岸は高級ワインの生産地として有名で、もう少し大西洋側には昔書いたアルカションなど(関連投稿)の保養地もあるリッチな地区なのだが、その反対の右岸はあまり知る人のいない地方。だから「地方興し」のアートの企画があって、先週ジュースの箱パックで作った「蝶々」(関連掲載)の設置に行った。

いつもは苦労を書いているこの種の仕事だが、今回はほぼバカンス!その理由は本題と一緒にまた述べることにして、今日は心に残る魚屋の話から。

机上の紙ににブザーを鳴らせと書いてある!
私の仕事場はひっそりとしたこじんまりしたモベール港 (Port Maubert) 。ジロンド河から内陸に向けて伸びる運河の奥にある。淡水と海水が交わる地区だから珍しい回遊魚もいて、今もそこで漁を営む漁師が二人いる。港にはその奥さん達が経営する魚屋があるのだが、ここが面白かった。テラスにテーブルが出ていて外から見て魚屋さんらしくない。そして誰もいないのでブザーを鳴らす。一番感動的なのは品揃えが「ものすごく少ない」! 黒板に書いてある数種類の近海魚のみで、火曜の晩はMaigretteという魚しかなかった!!!

魚の他には、この地方特産の小さな白エビはローリエとウイキョウで味付けされて茹でたものを売っていたが、これが絶好の食前の付け合わせとなり、毎日朝晩を問わず食卓に上がることとなった。このほか同じく自家製の、魚のテリーヌとかペースト、スープ、それに特産品のボルドー風八つ目鰻なる「珍味」も缶詰にして売っている。これは八つ目鰻の本の奇怪な鰻の口デッサンを見ていたら食指が動かなくなりトライしなかったのだが、「珍味」は高く売れるので、「八つ目鰻がいなくなったら地元の漁師も消える」そうである。

(写真はタラの一種のメルランと白エビを袋に入れてもらっているところ)

珍味と言えば、同じく回遊魚で淡水地区で産卵する「チョウザメ」もいて(いた?):1920年頃ロシア人がキャビアの製法を近くのSaint-Seurin d’Uzetに伝え50年頃まで栄えたのだがもはや絶滅寸前品種です。日曜日にキャビアフェスティバルと宣伝していたが???

それはともかくこの魚屋さんのお陰でほぼ毎日レンタハウスで鮮魚のバーベキュー。こんなことは我が長き人生で始めて。

魚屋に続いて特記したいのは写真の変なラベルが張ってあるヤギのチーズ、これが上手い。ロック イン シェーブルと書かれているのは私の分析では農場のあるロック(Roc)なる地名とRockをかけてバイクに股がるハードロック娘のヤギがデザインしてあるのではと私は想像するのだが、作者の意図は謎。置いてある店も我々の見たところ Saint Thomas de Conac のコープのみで、なかなか謎が多いのです。

左奥が借りた家
それから借りた家の隣に引退したお百姓さんの菜園があって、、、もらったトマトがこれもまたすごく美味しくて、、、

良いものを食べた1週間!
この原稿を書いていたのはパリに戻る列車の中でだが、トイレにも行きたいしと入ったボルドー駅前のバーで食べたハンバーグ、これぞ何が入っているか分からないような代物で(旧関連掲載)、久しぶりの悪食に胃がどぎまぎしているのが分かった次第。

(ちょっと調べたけどやはり魚屋もチーズもHPないみたいです) 

追記:難を言うならワイン。ジロンドの向こう側はメドックなのだけど、、、

2016年9月7日水曜日

ダーティーエイゾウは二度死ぬ

以下9/4の投稿の続きです: 

新しい光ファイバーを引きに技術者が来たのだけれど、、、出来なかった! ファイバーを入れようとした建物を通過するプラスチックの配線用ホースのようなものが詰まっていて、これは電気屋の仕事だそうで、、、。

私も可哀想なのだが、それ以上は来た二人の技術者。彼らは下請けで、出来ないとペイされないそうで、、、だから2時間も頑張っていたのだ。「労働法改革」がもめにもめたこの国でこんなひどい待遇があっていいのだろうか。元締めはおフランスの大手ゼネコンのブイグだから電気工ぐらいさっと送ってくれてよさそうだが、それをしてくれない。

それ以上に驚いたのは、カスタマーならいざ知らず、技術者がコールセンターを呼んでも20-30分と繋がらない。センターはチュニジアにあるそうで、、、

ダーティーが勝手に振ってくれたブイグだが、最初からこんな酷いのって先が思いやられる。来週は地方に「出稼ぎ」だし、その後日本にも戻らねばならないしで当分サスペンド。
というわけでダーティーエイゾウは死ななかった。私はキレイになろうなんて皆目思っていないのだけれど。(写真はユー島にてで巨岩を揺らすダーティーエイゾウ:この岩、本当に動くのです)

2016年9月6日火曜日

ナントの「良い子」

では前回予告した、ナントの「良い子」のことを書こう。

ナントでは7〜8月に"Voyage à Nantes"という町中の色々な場所を使った展覧会が行われていて(素晴らしいことに多分すべて入場無料だと思う)、友人のS夫婦に連れられて2日間ちょっとつまみ食い的にみたのだが、その中で「良い子」Le Gentil Garçon(直訳すると「優しい少年」かな?)***と名乗るアーティストが改修中の美術館全体を使って大々的な展覧会をしていた。個展と言えば個展だが、彼はナント美術館、自然史博物館、それに会場である県立ドブレ博物館のコレクションに自分の作品を交えて、部屋ごとにテーマ別に博物学的というか、私が良く引き合いに出すキャビネ・ド・キュリオジテ*的な展示をしていたのだが、これが楽しかった! というのは彼の連想、イメージの引き合い+タイトルがとてもユーモアに富んでいるから。

作品の関連はかなり表層的で、例えば「道化師の間」では、大作の往年の大画と思われしが、実は額ごとワトーの作品を撮ってそのまま拡大プリントしたにすぎない、その壁に掛かったような絵の中の道化師のパッチワーク的な衣装の色に合わせて、緑、赤、青テーブルがあり、その色の天然の岩石と熱帯鳥の剥製という自然史博物館所蔵品が飾ってあったりという具合(写真)。この点4月に書いた「尻取り展」に似ているが、それに比べ私の好みの「簡単アート」の自分の作品(例えばグランドピアノ型に切った絨毯の上で2人の子供に白黒の積み木を並べさせて作った作品とか:これは白黒のスペース、写真のシマウマの後方)を取り入れてうまくコンセプトとしてまとめている。言葉でも写真でも平凡になるが、いわゆる「振付け」「照明」が上手で、しっかりビジュアルな落ちどころをおさえ、会場ではその時々に発見の驚きがある。
本棚を押して裏側に行かねばならない、解説文字もすべて鏡像反転された書斎とか、写真のミニュチュアを集めた建物の模型のようなミニュチュア美術館は解説もミニュチュアでメガネをかけても良く読めない、、、とか凝ってます。

「良い子」の専門家と自称するジュリアン・アムルー Julien Amouroux(つまりに「良い子」は彼のコンセプトなのだが)によると「我々はすべての範疇の物体を同じように見ているだろうか? 見られるモノにおいて重要なのは色なのか光なのか形なのか?等々、この展覧会は見るという行為への考察が一番のテーマ」なのだ。同じく彼によると「『良い子』は子供のごとく、世界を記述するのではなく発見する」と言うそうで、、、万事この調子です(笑)
「夜の間」の描き人知らずの絵と結晶

こういう展覧会が大好きになるというのは「現代美術は嫌い」と言いいながらやはり大好きなのかしらと思わないでもないが、私の思うに「良い子」は現代美術界の「逸脱」とか「スキャンダル」というメソッドには無関心、かくして大人たち(業界人)の常識(歴史観)を無力化しているのである。


割れた鏡と古代の土器の「占いの間」
 「良い子」にはHPがありますコチラ、上手く出来ているもののあまりピンと来なかった。でも√2€の小切手なんていう楽しい作品があって、、、彼(アムルー君)は数学を勉強したということで、この展覧会でもただの連想ではなく科学的アプローチが薬味として効いていたと思う。
(私もかつては理科系なので一層相感ずるところがあるのかもしれない)。

最近見た中で一番面白い現代美術展だったが残念ながらこの大展覧会「未知らぬものが私をむさぼる(L'inconnu me dévore)」は8/28で終わりました。

最後に:ナントの「良い子」としたが、ナントで見た良い子で、アムルー君はリヨンの作家です

* 注:キャビネ…に関しては
対面のビルの壁にも作品が
 現代「キャビネ ドゥ キュリオジテ」論 続 ...
現代「キャビネ ドゥ キュリオジテ」論

**最近現代アート展ではよくメディアターと言う解説員がいるのだが、この展覧会の若い学生バイトらしきメディアターは担当作品に関する知識をしっかり持っていた。これも私の評価をプラスにしている

***HPの英語ではLe Gentil Garçonがナイスガイとなっており、私には違和感があるのだが英仏堪能な皆さん、いかがでしょうか?  



閉館時間まで見ていたら係員が「擬態昆虫」の世話をするのに立ち会えた
 

2016年9月4日日曜日

ダーティーエイゾウの最期

フランスのインターネット業界は買収による糾合離散が激しく、上手く機能しているならば絶対変更などしたくないインターネット接続だが、あちらさんの都合でこれまで4回も「契約変更」を余儀なくされている。

私は今まで光ファイバーで繋がれると言う理由で家電販売店のDartyに契約していたのだが、ユー島に出かける前に 「Darty Boxが旧態化したから交換します」という電話があった。新しいBoxをもらって技術者が来るまでに3日もかかる。「そんなことあり得ない」と悲鳴を上げていたら、その電話の後「新契約ありがとうございました」などのメールが入り、、、それも絶対聞いてない! Dartyが買収されたことはニュースで知っていたが、その結果契約会社が変わったのはわかるが契約までも?

昨日ボックスを外してお店に持って行ったら「外さなくて良かったのです」と呆れられ(「携帯番号もすぐ言えない老人だからな〜」という表情で)。たが「交換(échange)」と言ったではないか!新しいのを取りに行くだけならそれはそれで違う言葉があるでしょう! 
とはいえこれで3日間インターネットがなくなるという事態がなくなり大満足。

しかしこういうことって他人から相談されると「そんなことはありえないから大丈夫」と90パーの自信を持って答えられるのだが(あとの10%はお客を客と思わない「おフランス」だから)、自分のことだとパニクりますねー。反省

こんなつまらない話題はここまでにして我が愛しのミラベルちゃんのお写真を。今年は7月まで悪天だったから収穫が遅れ、最近になってやっとかなり熟したのが店に並ぶようになった。ちなみに私の朝市の店では5.65€/kgでした。

次回はナントの「良い子」のお話をしたいと思います。乞うご期待

注:Darty、私は面白がってダーティーと呼んでいますが、ダルティと発音されます。かつ映画の Dirty Harry も L'inspecteur Harry (ハリー刑事)というタイトルになっているので、フランス人にはDarty Eizoが駄洒落として認識されません


最後に愛しのミラベルに関する過去の投稿集

「ミラベルでサバイバル」2015年8月
「バカンスもミラベル」2014年8月(クライマックスはミラベルのスフレ)
「頑張れミラベル」2013年9月(私が好きな理由)
「ミラベル食べ放題」2011年9月(豊作の年でした)

「ミラベルbis」(ファンの多い緑のプラム、 レーヌ・クロードのことも書いている) 


2016年9月2日金曜日

ユー島紀行

Je suis allé à l’Ile d’Yeu, Ce n’est pas pour cueillir de l’eau de mer. Mme K m’en a déjà apporté deux grandes bouteilles l’été dernier et je m’en suis servi pour le dessin. A vrai dire, cette eau produit un miracle : l’encre de chine s’est forme en croix-étoile (voit la photo au bas de l’article), cela n’est jamais arrivé ni avant ni après. Donc j’avais très envie de découvrir le côte de cette "ile dieux".

Ile d'Yeu という大西洋岸の島に行って来た。(発音が難しいがあえてカタカナで書けばイル・デューかと思っていたら日本語ウィキがありました。それに準じて以下「ユー島」とします)

今年は「夏が来ない」と7月初旬まで悲観していたのだが(参考投稿)、その後「海水のデッサン」には理想的なパターンの天気、即ち暑い日が数日続く(そのとき制作)と少し涼しくなる(その間に次作の準備)という繰り返しが続き、制作はどんどんはかどり、大きいデッサンも20作以上でき、かくしていつも使っている紙はなくなり、アイデアもなくなり、「仕事以外は無趣味」の私もバカンスしてもいいかと思うほどの限界に至った。
ユー島に別荘があるKさんに連絡したら「ソファーでも良かったら」と言われ転がり込んだ。実際Kさん宅は千客万来、常連リピーターの方もおられたが、それが頷けるほどユー島は良いところだった。

高速船で30分の沖で隔離されているからか自動車も少なく(勿論 4km x 9.5kmの島だから旅行者が特に車が必要にはならないが、ひょっとしたらフェリー料金が高いのかも:これ簡単に調べられるがその興味なし)、自転車で移動し浜辺を選んで泳ぐという何とも健康的生活。その浜辺も美しく、街の家は白壁にブルーの鎧戸と、エーゲ海の島もかくならんか?(実は私は30余年もフランスにいるのにギリシャに行ったことがないのです)

西南側の岸壁の丘は大きな岩がごろんごろんとし、石器時代の小さなドルメンや古城もあるのだが、概して何もなくて、荒涼とした感じが私好み。城があったのは中世以来島は戦略的要所、おそらく外国軍にロワール河を遡って内陸に進まれるのを阻む為であろう。地理・歴史は先にリンクした日本語ウィキに譲るが、多分翻訳しただけなのだろう、意味が解らないところは間違えなので信用しないように。例えば「数多くの外国軍(イングランド、スペイン、低地諸国)の侵略」とある低地諸国はオランダのこと。17世紀のタバコの話もフランス語ウィキでは、島でタバコを栽培して闇取り引きしたが、とても儲かるので大量輸入にまで手を出したことになっている。

それは兎も角、歴史的に一番有名なのはナチス占領下のヴィッシー政府に担ぎ出された第一次大戦の英雄ペタン元帥(ウィキが戦後幽閉され亡くなり、墓もあることだろう(これも去年までKさんが海水を持って来て下さった時に聞くまで知らなかったことだが)

ところで海水、その採取が目的だったかと思われるかもしれないが、昨年もう大きなボトル2本ももらっていて、実際には同じところの水をまた取りに行く必要は強いてない。それでも是非足を運びたいと思ったのは、ユー島の海水で描いたドローイングには未だ見たことのない、楽しげな十字形の不思議な星印が現れるという「奇跡」が起きたから。だからどんな場所なんだろうかとの興味津々で、、、。実に奇跡というだけはあって「十字星」は同じ水でも二度と再現されないのだが、これはやっぱり Ile dieux「神の島」の水ならでは?
(この駄洒落?の話、日本語ウィキにはあるけど仏語ウィキにはありません。何れにせよ私には発音区別できませんが)


次の写真が「奇跡の海水」のスー(Soux)ビーチ。


 そして最後にその「奇跡のドローイング」


天気予報によると戻って来たパリではまだまだ暑い日が続く。さてどうするべきか? 困った。。。