2018年4月15日日曜日

Aperçu de mon exposition à Nagoya

Voici un aperçu de mon exposition personnelle de "dessins à l'eau de mer"
 qui a eu lieu à Nagoya du 3 au 18 mars, prolongée jusqu'au 29.

名古屋のLギャラリーでの「海水ドローイング」の個展の概観です(3/3〜18、29日まで延長)

 

Donc en panoramique
パノラマで見ると


Sur la panoramique ne se voit pas l'entrée où il y a deux dessins sur toile.
 Ils sont faits également à l'eau de mer.
上の写真では見えない入り口には綿の布地に描いた海水の作品2点


On a posé nombreux dessins sur le mur sans verre
 en utilisant des aimants 
磁石を使って直に多くのドローイングを展示しました


Chaque fois "L-gallery" m'incite à faire de nouvelles expériences. 
Voici en bas, les 3 pièces odorantes "J'adore",
elles ont amené le parfum de la mer Atlantique !
Et sur le mur est accroché "le Sablier de la Mer Morte"
qui est, dirais-je, vivante.
Lギャラリー用にのプラスα:
大西洋の香りお運んだ「ジャドール」の3点と、壁には生きる「死海の砂時計」


J'ouvre les fenêtres de l'encensoir pour faire sentir la mer ...
匂いを嗅いで、、、

Ceci n'est pas un pingouin mais un "manchor"
ペンギンならぬペンキン


"Le Sablier" s'active en attirant l'humidité dans l'atmosphère !
死海の水は周囲の湿気を吸収してこのとおり 


J'ai beaucoup aimé ce cadre en plexi pour "Zen Egg"
この額装はとてもよかった


Voilà, j'ai montré les meilleurs de mes travaux récents.
Certes je n'ai pas vendu les grands dessins,
 je suis loin d'être mécontent de me les garder,
comme j'estime qu'ils sont tout à fait exceptionnels


というわけで近作のベストを展示しました。
大きいドローイングは売れなかったのですが、
それらは自分で本当に素晴らしい作品だと思っているので
キープできて良かったとさえ思えます。

Puis j'ai accroché quelques dessins dans un petit espace qu'une amie gère à Tokyo, finalement mon séjours au Japon a été bien rempli.

その後高校の同窓生が開いた東京大田区の石川台の駅近くの
コミュニティ・スペースに一部を即興的に展示。
結局6点今でも置いたままですのでご興味がありましたらご連絡ください

謝辞:写真は撮って戴いたものも勝手に使わせてもらっています。悪しからず。メルシ〜

2018年4月8日日曜日

無事に戻りました

「無事に戻りました」って日本語ではよく使うが、今回はほんとうに無事に着いてほっとした。。。

昨今物忘れが激しい私としても、あまりと言えばあまり。中部国際空港へ行く電車の網棚にナップサックを置き忘れた。
中に何が入っているかというと、パリの札入れ(当然クレジットカードも入っている)、パリのアトリエ(アパート)の鍵、それにパソコン、iPad、iPhone、加えて日本のガラ系携帯も。空港ロビーに着くまで全然気が付かなかった。大荷物とドローイングの入った円筒チューブをロビーに置き去りにして名古屋鉄道の駅に急いで戻ったが、特急はすでに折り返した後。車掌さんに電話してすぐにわかるのかと思いきや、15分後の次の停車駅までは打つ術なしで、、、。
手元にあるは日本円、パスポート。
パリにも飛べし実家にUターンも可能。「家に入れんなー」「誰にも連絡できんなー」とすごく心配したが、流石ニッポン! ありました〜。冷や汗モノだったが、ナップサックが戻って来る半時間の間に搭乗手続きをさすませ、無事に飛行機に乗った。

 「日本でよかった! これがフランスだったら、、、」と一瞬思うがそう簡単な比較は意味がない。というのもパリの空港列車で棚に荷物を載せる訳がないのでこういうミスはありえないから。

と思っていたのだがシャルルドゴール空港から乗った新しい車輛、荷物棚がなくなっていた(記憶が危なかしいが昔はあったはず)。誰も使わないから極めて合理的な思考(笑)

パリの中心のシャトレで東西方向の高速A線に乗り換えようとしたら土曜なのに異常な数の人がプラットホームに。ここで鉄道が8日と9日ストであることを知る(まだ7日なのだがストの走り) 普通は空港からパリに来る南北のB線の方がストの影響が大きいし、一旦パリまで出さえすれば何とでもなるので、かなりラッキーな気分。今回は個展の為に荷物が多いのでなおさら。

この改札を土曜の朝、計5度も通った。。。
通告にgrève nationale(ナショナル・ストライキ)なんて大げさな言葉が使われていたが(常套的に使っていたかな〜?またこれも記憶の彼方)、ナショナルはまさか「国民の」とか「国家的」という意味ではないだろうし、「全国スト」というならそれは当たり前だし(地域ストなんてごく稀だから)、こういう単語って難しいなーとあらためて思いつつ家路を急ぐ。

着いたパリの晩は春らしい陽気だったが、私のアトリエは冬の冷気をしっかり保存していて室温15度でぞっとしつつ、ブルブル。

追記:今回はちゃんとデッサンの入ったチューブも乗継ぎに遅れることなく、破損することもなく無事に到着していました。(行きは乗り遅れ一日後に空港に到着し、その翌日に展示準備中のLギャラリーまで直接配送してもらった。それに昔の経験から今回はキャップが飛ばないようにエッジをしっかりテープで補強したのが功を奏した模様)

2018年2月22日木曜日

展覧会はタイトルから?

前回ダダの旗手のハウスマンのダダ後の作品の展覧会について書いたが、ジュ・ドゥ・ポム美術館の対面のオランジェリーの「ダダ・アフリカ」を見ていなかったから行ったら、日曜で終わっていた。ハハハ。まあ笑って終わりにするのは、私はダダとアフリカって関係ないと思っているから。だってダダ以前のピカソや表現主義が既にアフリカアートの洗礼を受けていて、ダダは既成のものすべてに反対なのだからそれにも反対。ちなみに「アヴィニョンの女性たち」が1907年で、チューリッヒのダダの始まりが16年、「なんかコンセプトの間違いでは」と思っていたのが祟って、すぐ行かなかったら結局確かめられなかった。。。見ずに文句は言えないからこれまで。
同じく11/29の投稿で触れた「1932年 エロチックな年」という酷いタイトルのピカソの展覧会も見ずじまい。タイトルって大事ですね。(私のような意固地な人間でないと逆に「何だろう?」と唆されて行く人も多いのかもしれないが)

ところで私の3/3からの名古屋の個展のタイトルは「海水ドローイング サンガルニチュール」。前回はガルニ(付け野菜あり)だった(つまりドローイング以外にも色々あった)のに対し、今回は「それ一筋!」という意気込みなのです。それが月曜日の晩フランス国営文化放送で、墨で描いたドローイングを海に浸けるらしいある若い作家が「海水ドローイング作家」として紹介され、全然違うのに人に「同じようなことしている」と指摘され、実は私は回りの多くのフランス人に対しプンプンしているところ。まあそんなことどうでもいいと言えばばどうでもいいのだけれど、実際に私の作品を見ている人からそう言う声が上がると士気が落ちますよ。昨日からまた寒くなって朝は零下だし、帰日時ですかね。

私の名古屋の個展情報はコチラ

上記仏文化放送の番組を聴きたいかたはコチラ

展覧会と言えばポンピドーセンターの、圧縮、膨張シリーズで一世を風靡した彫刻家のセザール(ウィキ)の回顧展は、会場に入ると即全体が一望に見回せるという今までにないスペース作りで、期待していなかったのに(から?)意外に楽しめた。3/26まで。タイトルはただセザール(笑)


明朝出発なのでこれまで
 







2018年2月10日土曜日

私は昔ダダだった ♪

ラウル・ハウスマン Raoul Hausmannはベルリン・ダダの中心人物。
ダダはご承知の様に反体制というか反既存の(例えば表現主義にも飽き飽きしていた)、今で言うパーフォーマンスの視聴覚のトータルアートを生み出した極めて急進的芸術運動。チューリッヒで1916年に始まりヨーロッパの各地に飛び火したので上で「ベルリン・ダダ」と断ったのだが、彼の展覧会が写真の美術館のジュ・ドゥ・ポム Jeu de Paume 美術館で始まった。例の有名な辛辣なメッセージ性のある写真や文字のコラージュ(フォトモンタージュ)だと思って行ったら(どんな作品だったかなーという方はこのページでもご参考に)、それは一部にすぎず、こんな砂浜の写真とか。。。

これは1927年から行くようになったヴァカンス先のドイツ・デンマークの国境のSylt島で撮られたものだが、ここでは風景といっても草木や石、それに浜辺に打ち寄せる海水の泡とか、何でもないものの素材感と一瞬の過渡性、例えば砂粒が風で動くの見えるようなミクロな触覚を感じさせ、何と官能的なことか。
それもそのはず? この島には妻のHedwig Mankiewitzと1907年生まれのロシア人の若き愛人Vera Broïdoの「三人所帯」で来ていて、浜辺で二人のヌードも撮っているが、ヌードもその中でオブジェ化されたり、接写でミクロな感触を喚起させる繊細な写真だ。もう何でも打ち壊すようなダダ表現とは全然違うように思えるのだが、一貫するのはある種の動き、瞬間性へのこだわりか。ちなみに写真展は「動きの視線」と題されている。
実は若きヴェラさんはロシア革命の少数派となるメンシュヴィキのリーダーの一人を母に持ち、シベリアの収容所育ちで、某美術研究家によると、その彼女の裸体を激写すること自体が「反イオデオロギーの証」だそうだが、、、私は笑っちゃうけど、現代美術ファンでは「なるほど」と感心する人もいるのかも。

三人所帯のお二人、お尻がそっくり!
それは兎も角、私がこの風景写真が非常に気に入ったのは、海水デッサンの所為で「島好き」になっているのがきっと関係しているだろう。

ベルリン・ダダは1918年に結成され活発に活動していたのは数年に過ぎず、1930年以降はほぼ写真一筋になる。しかしこんなバルト海の島で写真を撮っていたのも僅かで、ナチの台頭にドイツを追われ、33年にカタロニアのイビザ島に逃れ、この島の住居の写真が今回の展覧会の最終パートだが、そこにもフランコ軍が到来、スイスに移るが共産党のスパイとして追放され、その後は(米亡命が許可されず)戦争に追われながらのフランスで暮らし、、、結局はリモージュで71年に亡くなるという大変な一生で、彼の作品の大部分はナチスに破壊されるか亡命中に散逸し、先の「ダダ以後」の写真は70年代後半になってベルリンの娘のアパートから発見された「忘れられた作品」だった。

ラウル・ハウスマンと言えばダダ、当然上にリンクしたページもウィキも彼のことはダダどまり。

ダダだと思って来た人のために(?)ハウスマンほか作家たちがベルリン・ダダの想い出を語る長編インタビュービデオがあり面白い。でも英または仏語要

最後の写真はヴェラさん。これが元で先日書いた「黄金の雨」のダイアナにされたコラージュがあったのだが写真撮影失敗。
結局今日の写真はすべてネットでのリンクで掲載で。


参考:
ジュ・ドゥ・ポム美術館のサイト
5月20日まで。ワンフロアだけの比較的小さな展覧会です

2018年1月30日火曜日

ソフィーのちょっと良い話

彼の知性に私はひるんでいた。彼は一緒にランチを食べようと提案した。それを想像する喜びは、不安、自分はそのレベルではないという心配を一層大きくさせた。心構えができるよう私は「何について話しましょうか」と彼に尋ねた。こうすれば馬鹿げて無駄であると知りつつも心が静められる。唐突にDはテーマを決めた。「朝何に起こされますか?」 一週間何度も検討しては沢山の答えを考えた。その日が来て、彼に同じ質問を早々と問い返したところ、彼は「コーヒーの匂い」と答え、そして私たちは話題を変えた。食事の最後にコーヒー、私は記念にコーヒカップを欲しいと思った。

引用が長くなったが、これは「コーヒカップ」という作品(インスタレーション?)の文章部分(写真)。
ちょっと長かったので次は短い「沈黙」

母はブリストルホテルの前を通るたびに立ち止まり、十字を切り、私たちを黙らせ、「静かに、ここで私が処女を失ったの」と彼女は言った

世界で現在最も名の知られていると言われるフランス人アーティスト、Sophie Calle (ソフィ・カルと日本では呼ばれるそうだが私は古風にソフィーで行きます)のこういう文章がキッチュな額に入れられてパリのマレ地区にある動物の剥製や猟銃などが並ぶ「まさに古式な博物館」と言う趣の「狩猟自然博物館」に二階の展示場に点在している。

こんなにわざわざ翻訳して引用すると熱心なファンかと思われるかもしれないが、私は彼女の作品が大の苦手。だって「読んでばっかり」で、、、。私は読むのが遅いからフランス人の友達なんかと行ったら速く読もうと焦るばかりで全然楽しめない。
では一人でマイペースにゆっくりすると、どうなのか? やっぱり「読んでばっかり」で、、、視覚的に何か残っているかな〜? 

今回はそれでも博物館の常設展示と彼女のお友達である招待作家 Serena Carone(セレナ・カローヌ)の彫刻に助けられ、二階の展示場の文章はすべて読破した!(実は一階では団体がいてガイドがうるさかったので二階から見出した) 博物館という場所柄か(?)「ちょっと良い話」という感じの文章が多かったが、私生活とフィクションを取り混ぜた叙述は最初は楽しいが、何十というテキストを読んでいくと彼女の感傷吐露に私はうんざりして「全然そんなこと知りたくもない!」と私は叫びたくなる。
「それが現代アート!」といわれればそれまでのことだが。

彼女の文章は訳してみてわかったけれど、「訳し難い」。というのは文章がこなれていて、ちょっとほくそ笑ませたり、ちょっと胸キュンだったり、ちょっとゲロだったり、それを伝えようと思うと逐語訳では済まず、真面目にやれば多分大変な仕事になる(私の訳はあくまでも皆様の理解の為の単なる参考にすぎません)。

ソフィーさんのお父さんは著名な心臓科医で目利きの美術蒐集家、ソフィーは彼に最初に作品を見せていたのだが、2015年に彼が亡くなった後アイデア喪失に陥った。そんなとき「魚屋でアイデアを釣ろう」という宣伝を見て彼女は馴染みの魚屋に聴きに行ったところ鮭を勧められた(と黒板に書いてある:右写真)。このエピソードが今回の展覧会のキャッチになっていると思うのだが、そのビデオ作品を見ると魚屋さんは鮭の皮は彫刻に使えるかもと言ってるぐらいで、「それなら鮭買いな」なんていう「飛んだ会話」ではなかったのでがっかりした。やっぱりソフィーさん、脚色上手いんだよな(笑)。

この他、一階の現代的展示スペースは、病床での最後の言葉を綴った父を悼む作品をはじめ、「死」がメインテーマ、三階は雑誌の出会い欄のコメントを使った写真と文章の組み合わせの「恋人狩り」の作品で、両階ともごちゃごちゃとした(その分遊びのある)キャビネ・ドゥ・キュリオジテ的展示の二階とは違ってもっと純然たる彼女の作品が並んでいる。

彼女の切ない思いが作品に表現されたお父さんに対し、上の「沈黙」(実話かどうか知らないが)が示すようにお母さん(既に亡くなっている)もそうとうなもので、最近私が評価を高めている大衆紙のパリジェンの美術案内によれば、ニューヨークのMoMAのソフィー展のオープニングに同行したお母さんは「あんた上手く皆を騙したわね」と言って大笑いしたそうである。

この父母にしてこの子あり

彼女は子供がないので「これでピリオド」とかいう文章もあった。ちゃんと引用したいけどその為にはまた足を運ばねばならない。つまり上に訳した文章は私が好きで選んだのではなく、サイトで探したのだがテキストでは見つからず、文まで読める精度の写真が2、3しかなかったのでこの選択となった。

この展覧会は2月11日まで。博物館には他の現代作家の作品もあってそれ自体面白いところではあるのだが、会期最後は混むだろうのでソフィーのフランス語が読めない人は今行くことないだろう。


今探したもっとマトモな美術的評論を読みたい人への参考」

・2015年にソフィ・カルの展覧会をした豊田市美術館の学芸員の方がこのパリの展覧会に関して書いたキューレーターズノート(但し写真にある「鮭の皮」の作品も涙する像もセレーナ・カローヌの作品です)

・ソフィのファンはうんざりせずにこう評価するのかと感心させられたartscapeの記事

2018年1月15日月曜日

工事人、嘘つかない?

現在開催中のサンドニのHCEギャラリーのグループ展。左が私の「雨の絵」

今日は午後からアトリエの窓に叩き付けるような風雨。折角グループ展で雨の絵を展示し、前回「黄金の雨」のことを投稿したしで、「腕を落とさない」為にも久しぶりに雨の絵をと思ったのだが、いつも使っていたベストの紙はなく(これは画材店からある日突然消えてなくなってしまった)、セカンドベストの紙をサイズに切ったが半固定様のテープがなく、まあこれはどうにかなるが、新しい絵の具のチューブを絞ってびっくり。硬くなった絵の具しか出て来ない。「秋の特売」で買ったのだけれど、勿論そんなことは想定外で領収書なんか捨ててしまっているし、地下鉄で画材店に往復する分損をする。もう「雨の絵はやめろ」との天の思し召しかと思っていたらアトリエ内で雨の音がポツポツと。窓のジョイントが甘くなったのか窓の下の張り出し部分に水滴が。まあ大したことはないのだが、近くの絵だけは外し、一応床にバケツ。

ところでこの私のアトリエ、例年より暖かいと言われるこの冬でも私は昨今文字通り「寒々」とした生活をしているのだが、それを知らない人は初めて来ると「広くて素敵なところじゃない」ときまって言う。それが年末に排水管の問題で来た配管修理工が入ってくるなり言った言葉は「あんたとこは狭いねー」。ええっと驚いたが、彼は隣のアトリエを知っていて、確かにそれに比べると60%ぐらいしかない。別に私本人、隣のアトリエの間取りより私のところの方が使いやすいと思っているので言わずもがななのだが、意外な「開口一番」に憮然として「お隣さんは映画の仕事しているから本当は広いアトリエなんか必要ないのに」とかこったところ「そうそう」と相づちを打たれ、、、修理工は何でも知ってるみたい。

修理工に褒められたデッサン
それから同時期にインターフォンの取り替えに全アパートを回っていた電気配線工は玄関の間に飾ってある、私自身も出来がいいと思っているデッサンを絶賛してくれた。彼の趣味は知らないが、他のアトリエも知ってる工事人、こういうことには正直そうなので喜こんでもいいだろう、多分(笑)。

アトリエでは大晦日に、恒例になった感もある大パーティー。その時はガラスで保護されていない海水デッサンは「お蔵入り」し、古い作品や「蒐集品」を飾るのだが、箱の中に残っていたガニーの個展用の蝶々の残りが見つかったので天井から吊るした。

短命に終わった我が家の正月展示
この内装で「1月中はくつろごう」と思っていたのだが、グループ展の作品選びも壁に飾った方が簡単だから取り外され、明日は見に来る知合いがいるのでまたちょっと模様替え。

こんな作品の入れ替えばかりしていると隣ぐらい広いほうがいいかなァーなんて思わないこともないけど、家賃も高いだろうし、ここで分相応。それどころか子供時代の二間しかなかった公団住宅や四畳半の下宿生活を思い返したら今は天国、雨漏りはあっても寒くても風神雷神にも「メルシー」と手を合わせて拝むばかり。


関連投稿

サンドニの画廊への出展は2度目で前回の投稿は
2016年4月10日 今度はサンドニ!

修理工に褒められたデッサンはイタリアのブサーノの廃墟と化した教会で、ひょっとしたら職業柄こういうの見ると工事したくなるのかも。これに関しては
2014年8月31日 ブサーナ

2018年1月10日水曜日

黄金の雨

「黄金の雨」 お正月らしく縁起の良い華やかな話題?と思う人は私のブログの熱心な読者にはおられないだろう。結論を先に言ってしまえば「フランス語は難しい」というお話。

私の「雨の絵」の中で雨粒を金色にした時期があるのだが(右写真、実際にはもっと青が暗い)、これを私は "Pluie dorée" と呼んでいた。doréは「金色の」という形容詞で何も疑問を抱いていなかったのだが、今朝何気なくpluie doréeをグーグルに入れてみたら意外なことに「彼女におしっこをかけて楽しむ(?)」という性行為がトップにずらりと並んだ。「貴男のコンピューターだからで私のPCではそんなもの出て来ませんよ」と言われるのが怖いが、、、実際そうなった。

作家の意思としては「雨」イコール「憂鬱」のような否定的イメージがあまりにも強すぎるので、「豊穣の雨」というイメージを作り出す為に華やかに下地を金色にしたのだったが、金色は青と同じく「私が真似している」としばしば誤解されるイブ・クラインの好きな色であるし*(余計誤解されそう)、それ以上に西欧絵画史上繰り返し描かれる、「黄金の雨」となってダナエの元に忍び込んだゼウスの神話の「大人気モチーフ」でもあるのだ(ウィキ)。ゼウスはダナエを孕ませたのだから「性行為」の方に近いのかなとも思いつつ、ゼウスの化身の「黄金の雨」はフランス語でどうか書かれているか見てみると pluie d'or で逐語的に「金・の・雨」。当然ながら「何とかの雨」というのは「何とか」が沢山降り注ぐ比喩的表現で、そう思うと降り注ぐのは「金」そのもの。改めてヨーロッパの名画を見ると、分かりやすい例として近代のクリムトの絵をここであげると(写真)、まるで「スロットマシーンでビンゴ!」とでもいうように金貨がザラザラ、お正月らしく景気よくなったが、そこだけみればポエティックでは全然ない!(クリムトは勿論見る人をそんなことには注目させない妖気溢れる絵を描いているので偉いのだが、、、。)

私は金貨でも金の破片でもおしっこでもないもっと違う漠然としたものを頭に描いていたので、どちらをタイトルに選ベよいものやら分からなくなったのだが一応「絵画史」に重きを置き20枚ばかりのシリーズのタイトルを書き直した。ちなみに英語だと形容詞利用、Golden rain で良いみたい。
しつこく辞書を調べたところ英語のgoldenには「(金の様に)貴重な」という意味はあるが、doréにはなく、表面的に光っているものという感じがする。実際特別待遇で天下りするとかの悪い表現で使われることも多い。

そもそも何故「黄金の雨」を引っ張り出してきたかというと、「天体」のテーマのグループ展に出展するのに、海水デッサンで墨が散って天空のようでもあるが、比較的具象的に「身体」が書かれている作品を提案したところ、そんな風に「天体」に「体(からだ)」をくっつけられるのは私が日本人だからではないかと驚かれ、、、(実際にはフランス語の天体なる語 corps céleste は「天の」(形容詞)+「体」で、漢字表現は直訳なのだが)という話が枕にあるのだが、それにまとわる解釈談、および私の失敗談を加えると長くなりすぎるのでこのへんで。(かつ「黄金の雨」は展示品ではなくて余計複雑になる)

フランス人のインテリは「意味するもの」と「意味されるもの」を云々するが、異邦人の私にはもうひとつ「意味したいもの」というのが入ってきて、、、もうギャップだらけです。(但し母国語の日本語でもそうだと思う)


* 参考記事 イヴ・クラインと私