2017年3月22日水曜日

サイ・トゥオンブリーの謎

この数ヶ月なかなかブログに書けない二つの悩みがある。その一つは日々新たな展開がある仏大統領選挙、もう一つはポンピドーセンターで60年の画業を振り返る回顧展が開かれているサイ・トゥオンブリー Cy Twombly (1928-2011) 。実はこの展覧会に私はかなり感動してしまって、、、。「20世紀を代表する」と評される大作家の絵に感動して悪いことは何もないのだが、何であんなグリグリと色鉛筆やクレヨンで落書きをしたような絵に感動するのかが自分で不思議。評論家のコメントなどを読み聞きしても手放しで絶賛するばかりで、ほとんど参考にならず何に感動するのか謎は深まるばかり。

作家紹介はめんどくさいので日本の雑誌の記事を引用させてもらうと


『トゥオンブリーが作家活動を始めた1950年代前半のアメリカでは、ジャクソン・ポロックに代表される抽象表現主義が美術界を席巻していた。ポロックはやがてアクションペインティングへ移行するが、抽象表現主義の傾向は、後期のマーク・ロスコのようなカラーフィールドペインティングに向かう。そんな時代背 景の中、トゥオンブリーは自らのスタイルにこだわり、手で描くという身体的所作によって、内なるエネルギーを画面にぶつけながら作品を生み出してきた。20 代の終わりに拠点をローマに移してからは、ポップアートやミニマルアートという両極端へ展開していく60年代アメリカのアートシーンとは距離を保ちつつ、 自分の道を歩み続けた。即興的に描かれる線や絵具の飛沫に、文字・数字・記号がランダムに組み合わさった作風は、まるで”描画された詩”』(ソース:Casa Brutus)


「落書き」と先に書いたが、サイ・トゥオンブリー(以後CWと略記)の絵には、わざと右利きの人が左手で書いたような、慌てて手帳にメモしたような、、、所謂ミミズが這ったような文字で走り書きされ、そして頼り気ない線がひょーっと引かれていたり、それらが拭き消されたり、絵の具で覆われたり、、、。その絵の具 もお汁のときもあればべトっとヘラでつけられていたり、手で汚されたり、、、そして全体の構成もまあないと言った方がよい。フツウの意味では全然「できた」絵ではない。そう言う意味で「従来の美学」を打ち破ったので現代美術の専門家が礼賛するのは納得できるのだが、ただのデッカイ落書きかというと、それがどっこい絵としてちゃんと見られるのだ。

彼の作品のネックは、何と行っても「文字と筆跡」だと思う。走り書きとはいえまったく読めないかと言うと、断片はしっかり解読できる。かつその文がローマ帝国時代のウェルギリウス(ウィキ)の詩の一節で、「読んだときの感動、興奮の表れである」といわれても、文学的教養のない私には何のことやら。コンプレックスに苛まれるばかり。 
私が一応読んだホメロスの「イーリアス」も連作があり、戦いの絵を見ると確かに「矢が飛び刀が火花を散らし血が流れ」という光景を思わせる子供じみた具象的な記号が散りばめられている。でも一流の文化人たちがそんなものに感動しているのかは疑問(ロラン・バルトによれば「CWの絵は筆記の暗示的フィールド」だそうで)。実際「イーリアス」を本当に読むと、英雄たちの兜とか鎧が如何に素晴らしいかという描写と神様たちの移り気の話ばかりで、私なんかうんざりして何頁も飛ばし飛ばししないではいられなかったのだが、英雄たちの盾のシリーズもあって、これは楕円形に線がグリグリグリグリ。或は英雄の名前が大きく繰り返しかかれていたり。これが古典中の古典のエッセンス、つまり私の感じた「退屈」を伝えているととも思えるのだが、この私の解釈と名だたる「知識人」たちの解釈とは勿論天と地の隔たりがあるはず。 
アキレスの戦い、へへへ

左はアキレス、右はヘクトールの楯だそうで、う〜ん、、、
その他にも彼の絵には具象的な要素も多くて、結婚直後の絵には奥さんの股ぐらが描かれているように見えて、、、2回目に行った時にその絵の前のグループの横で立ち聞きしたポンピドーセンターの解説員の話ではその絵にべったと塗られた絵の具の固まりは血かも、唾液かも、糞かも、精液かもしれない」そうで、「確かにキタナい」と私は笑ってしまったが、グループの皆さんは大真面目でそれを「情念の吐露」とする解説に聞き入っていた。どうなってるの???

と変な前衛主義と教養主義が混ざって普通なら私は「あーあ」と思うところなのだが、前述したように、何かすごいところがある。なんだろう?

エジプトの太陽神が舟で空を横断している、ハハハ
初めは作家の「信念」かと思った。というのもこの「絵とも言えない絵」を堂々と発表し続けるには自分の作品に対する並大抵の確信が要ったはずで、その自信の力強さが伝わって来るのかと、、、。
でもそれは違う。彼の作品はそうした断固としたところと同時に、もっと危うい、線や文字の曖昧さの様に、不安定さや疑問を孕んでいる。だから何度も何度も描いては消し、グリグリグリグリ、それを続ければ祈りが叶えられるというような。あるいはアポロン、アポロンと何度も上書きしているうちに神を呼び起こさせうるのではというような、繰り返しの「身体行為」の末に何かが宿ることを願うような切なさを私は感じるのだ。
信念がなければ続けられない、しかし同時に弱さ、疑問を抱きつつ、、、それがいつも切実にある芸術家のみならず、大抵の人が生きていて感じることだからこそ、私の他にも多くの人の心を打つのではないかと思う。

初期の「筆跡」から晩年には文字が亡くなり色鮮やかに「絵的」に変貌を遂げて行くが、共通するのは「身体的行為(身振り geste)。ここで読者のよりよき「一般的理解」の為に、CTを早くから評価したロラン・バルト(ウィキ)によれば、「『身体行為』とは『行為 (acte)』の付加物。『行為』は過渡的なもので、ある物、ある結果を生じさせようとするのだが、『身体行為』理由と衝動と不活動の不確定で無尽蔵な合計である。… CTは『身体行為』の仕手であり、効果を生もうとすると同時にそれを望まず、生まれた効果は必ずしも望まれた物ではない」
この離反性というか矛盾は私が見る「信念」と「疑い」と関係しているのではないかと思うのですが、どうでしょうか? 


ロラン・バルトを引用しましたが、彼は色々難しくエクリチュールとかジェスチャーとかの概念を操作して上手いこと納得させるようなことを書いていますが(source)、私は禅や老子に至る彼の解釈に賛同した訳ではありません。

現代美術評論家のピエール・レスタニー Pierre Restany (wiki) 1961年のCTのパリ最初の個展のカタログ序文に彼の画風は詩であり、記録であり、ひそかな身振りであり、性的抑圧からの気晴らし、自動筆記、自己の肯定、そして拒否でもある。そこにはシンタックスも論理もないが、存在のそよぎ、事物の奥底に至る呟きがある」書いたのですが、これは短くも結構言い当てている気がします(だからか会場のパンフレットの最初にも引用されている)。でも評論家の文章って結局文学ですよね〜。

この回顧展はごく普通に年代順に大作のシリーズが並べられいるが、やはりこのオーソドックスな方法が一番作家を理解しやすい。4月24日まで。皆さん行って私同様悩んでみて下さい。

それから素人の方が当然抱く「なんでこんな落書きが何十億円もするの?」という疑問はただただ「市場の論理」ですので、投機対象が美術作品になっているだけで本来の「美術の問題」ではありません。「現代美術は分からん」と言うよりも経済問題の一つとして研究して下さい(笑)

注:引用は私流の訳ですので悪しからず

2017年3月6日月曜日

パレ・ド・トーキョーのタロー・イズミ

前回書いたアンソニー・ドーア氏は私が知らなかっただけでとても有名な作家だったのだが、2/18に推薦したTaro Izumi(泉太郎)も調べてみると同様で、私が書くまでもなさそうだが、、、予告したのでPanと題されたパレ・ド・トーキョの展覧会を少し紹介。

最初にあるのはレンガの壁。毎日壁の一つのレンガをビデオで撮って、そのレンガ画像で壁ができている。時々レンガから顔が覗くのだが、、、プロジェクター二台だけでうまくできている。解説によると「展覧会に来た人を迎えるこの作品は物とその像との距離感への泉太郎の関心を明らかにしている」


次のホールにはスポーツ選手のプレーの体位を再現できるようにした彫刻と選手の写真と体位再現写真の組の作品が並ぶ。企画のジャン・ド・ロワジー(フランスの現代美術界に入りたい人は、この人のお友達になるといいですよ。勿論私は面識ありません)のお言葉を簡単に咀嚼すると「日常的に身体を支える道具である椅子とか台とかを使って選手の衝撃的アクションを真似する支えを創り出した作品は、スポーツの英雄である選手たちの肉体へのあこがれへのパロディであるとともに、彫刻の台の歴史への興味深い解釈でもある」 



これは「タトリンの塔」(1919-20)
ははは、彫刻の台ねー、本当かなあ。ロワジー氏のこの深ーい美術史的解釈はともかく彼の家具などを組み合わせた彫刻はなかなか良くできていて、ロシア構成主義のタトリン(ウィキ)の作品を思い起こすところがある。

この辺までは「上手だなー」という感想だったのだが、靴が一杯床に並んでいて、幾つものビデオが投影されている薄暗い大ホールに入ってびっくりした。何かわけがわからないけど楽しいのだ。例えば昔の投石機のようなものでネックレスが台の上に横たわる女性の方に飛ばされるのだが、それが落下するや否や何人もの人が女性には目もくれずネックレスを探すというビデオが、そのビデオの舞台装置の中で投影されているとか。
先ほどのロワジー氏の言葉を借りれば「遊戯性から作られたインスタレーションは予期せぬ素晴らしい形をとり、諧謔的に我々の芸術・社会習慣のウラをかく」ということだが、これは言い当てている。

ベゲット(ウィキ)がなんとかかんとかとも何処かに書いてあったが、こういう不条理性とか、それから一つのビデオでは登場人物がギリシャ悲劇の様に仮面を被っていたり、会場はガシャンガシャンと音がして騒がしいながら、おそらく200平米以上は優にあるだろう大ホールを上手く構成する手際はなかなかのもの(右と下の写真はウェブサイトから借りたが、実際はもっと薄暗いし、全体の感じはわからない)。

先月取り上げた3人の日本女性作家*の作品は、沈黙、時の永劫感といった欧米人が神秘的に思う「日本性」が深く宿っていると思うのだが、泉太郎は見事にそれを振り切って世界で勝負しているのに私はおそれいったのです。(実際には日本にも、狂言とかいくつかの優れた落語のように不条理なユーモアはあるので伝統的ともいえるのですが)


ここでちょっとパレ・ド・トーキョで同時に開催されていたアブラハム・ポワンシュバルAbraham Poincheval にふれると、この人は右写真のような石とか熊のぬいぐるみとかに入って何週間もの極限生活をするというアーティストで、、、こう聞くと「気が狂った隠遁僧」にでも思えるのだが、彼はエクサン・プロヴァンスの美術学校の「教授」で、奥さんも子供もあり、、、私には彼は完璧に現代アートの戦略(マーケッティング)に従っているとしか思えない。つまり「異常」なことをしてるが、ウラはかかれない。観衆は作品の石の中に入って写真を撮ってハイ終わりです。でもマーケッティングは大成功、日本語でもネット上で記事がいっぱいありました。この一例でもご参考に

泉太郎、ポワンシュバルともには5月8日まで


* 参考投稿
Where are we going, Bernard?:塩田千春
信じることの感動 :内藤礼
時の視覚化 :宮永愛子


2017年3月4日土曜日

すべての見えない光

私は全然読書家ではなくて、ブログに本のことなどほとんど書いたことがないが、、、、

先日図書館で "Toute la lumière que nous ne pouvons voir" という本がテープルに置いてあった。作家はアメリカ人のAnthony Doerr。この著者は知っている。昔住んでいた12区の、店員たちが自分の推薦図書には手書きの書評を付ける、パリでも珍しい熱心な本屋で、私と気の合う(と思われる)店員の手書きを見つけ、その推薦文に惹かれて "Le Nom des coquillages" (貝の名前)という短編集を買った。内容は殆ど覚えてないが「良かった」(笑)。かつ私はご承知の通り「見えない」ものが好きだから(題名を直訳すると「私たちが見ることのできないすべての光」)、分厚く600頁もあって読み終えそうもなかったけれど借りた。

毎晩ベッドの中で夜更かしして読んでいたのだが、ブルターニュ地方の入り口のサンマロの空襲で地下室に一人で避難する盲人のフランス人少女、そして建物が爆撃されて瓦礫に閉じ込められたドイツ人の若い兵士の話から始まり、これが第0章で1944年8月7日。それから第一章で34年にもどり少年少女の生い立ちが語られ、その次第二章は章の続きで翌日44年8月8日、次は40年7月と時を行きつ帰りつ二人の主人公とその周りの登場人物の関わりが絡まってくる。後半で時の前後へ揺れがドイツのサンマロ占領下に集中してくるともう大円団間近と思うから読み終えないではいられなくなる。ちょうど図書館から「もうすぐ期限ですよ」とのメールまで来てプレッシャーもかかり、久しぶりに本にのめり込むようにして返却期限を待たずして今朝読み終えた。ああ疲れた。

裏表紙によるとアメリカではベストセラーになっているらしい(仏訳は2015年出版で、我が図書館に入ったのは昨年4月)ので調べてみたら、2015年のピューリッツァー賞に選ばれて、オバマも愛読とか。そんなことは私の評価とは関係ないのだが、話の組み立ても先に書いたように凝っていて、表現もとても良い(仏訳だけど)。盲人の少女とラジオ少年という主人公の二人の軌跡は特異と言えば特異だが、歴史の中に揺さぶられる「小さな個人たち」のドラマが詩的に描かれ感動します。

当然ながら邦訳ありました!

「すべての見えない光」 アンソニー・ドーア

というわけで今更ながら私が?という紹介ですが、アンソニー・ドーア氏は寡作で2003年の前記 Le Nom des coquillages(原題 The Shell Collector)以来4冊しかなくて、新し好きの日本人にはすでに忘れられているかもと思いつつ、、、。この本(原題 All the Light We Cannot See)は10年がかりで書いたそうです。
だいたいですね、私はフランス語だと日本語の3、4倍は時間がかかるし、それ以上に時々意味の分からない文章があったりして悲しくなるのですが、それにもかかわらず私を毎晩没頭させたのですから、素晴らしい小説だと思います。よくこういう話を考えたものだと、、、。でも最後の数十頁の戦後の話はなくてもよかったような気がするなぁー、少年の死でばさっと終えた方が、、、いつもの批判(?)となりましたが皆さんどう思われるでしょうね?
しかし日本の本の装丁って素敵ですね。フランスの本はこんなです:読まないやつはあっち行けという感じ(笑)。だから12区の本屋のクリップ留め「個人書評」は一層貴重で、、、確かに13区に来てからは本への関心が減って、最近は人がくれた本ぐらいしか読まなくなっていた(それも読みきれていないのだけど、、、)。また12区に行ってみようか。でもピザ屋朝市のブレアのように、私のご贔屓の常で店じまいしていないといいのいですが、心配
そうそう、パリに住む私には、アトリエからさほど遠くない、多少縁のある植物園と歴史博物館も舞台の一つであったのものめり込みの一因かも。作家のアンソニーさんはどう見ても科学少年的なところがあるのだけど彼のサイトの履歴にはそういうことは書いてありませんね〜。

2017年2月22日水曜日

旅行鞄とアート

1/27と前回の投稿で塩田千春と宮永愛子が鞄をモチーフにした作品があることに触れたが、鞄というのオブジェは想像を広がらせる素晴らしい媒体だ。連想ゲームをすれば、鞄(但しここでは小さなバッグではなくて大きな物)から、旅行、未知、未来、希望、あるいは移動、移民、過去、不安などが簡単に思い当たる。つまりプラス方向にもマイナス方向にもほぼ無限大。かつ「鞄」しかないと「持つ人」も空想させるから一層素晴らしい。
だから色々な作品があると思うのだがあまり思い出さないので試しにグーグルしてみたが意外に「ああ、これもあった」というのに出食わさなかった。

というわけで先ずは数年前にタンプロン画廊で見た塩田千春。吊るしものだが、たしか全体が時々ガタンと揺れる。これもウラには移民問題があるように思うのだが、違うのかな〜?(関連投稿)

Chiharu SHIONO

それから宮永愛子のナフタリンの世界(前回の写真と同じ)。「秘められた時」という感じですね。

Aiko MIYANAGA

パリで有名なのは、サンラザール駅の前にある、何でも集積して彫刻にしたアルマンウィキの鞄の塔。こういうくたびれた鞄を見ると連想は米国への移民とか、難民、特に戦時中にドイツの侵攻を逃れてこの駅から発った人々を思わせる。(彼は1928年生)

Arman

しかし今地中海を渡ってくる難民は鞄さえ持っていない。かつ鞄も変わった。今はみんなコロコロだから「四角い鞄」というモチーフ自体が「歴史」を喚起する。

インターネットは鞄の中に布で都市を造ってる中国人アーティストなどが出て来たが無視して(笑)、私の作品。
これは南仏コートダジュールの大別荘地街のゴミ箱に入っていた鞄に廃止路線になった鉄道線路の石とボルトを入れた即興作品。さて何を想像してもらえるだろう? 旅に出たくても旅に出られない、決断できない男の胸の内でしょうか? 放浪を意味する nomade というグループ展だったのだが、、、(2004年)

Eizo SAKATA  (réf archive)


拾った鞄と言えば、「旅行鞄とアート」を検索中、この灰色のよくありそうな鞄がスチュアーデス用のもので、ヴィンテージであることを知った。何処かにある筈と探したらちゃんと見つかり、鍵も閉まるのだが、私が落書きをしたのでその価値がなくなったかも??? かつ2度ほどこれをもって旅行し、飛行機で預けた時にカバーに穴があいてしまった、、、。起死回生で新たな作品に仕立てようか?

Eizo SAKATA

鞄のメッセージは私の取り上げたアーティストの方々への当てつけではありませんのでくれぐれも誤解のない様に。「批判が多い」と思われるでしょうが、私は素晴らしいと思っている作家さんしか取り扱いませんので。

2017年2月18日土曜日

時の視覚化


(sujet principal : les travaux de Aiko Miyanaga à Nara)
前回前々回と続くことになった日本女性作家三傑の最終回、「気配の痕跡を用いて時を視覚化する」* 宮永愛子の巻。
これは現在開催中ではなくて、、、

昨年の秋の帰国時開催されていた愛知トリエンナーレの美術部門が面白くなかったことは既に書いたが(16/10/24)、同時期に奈良でも「古都祝奈良」というイベントがあり、知り合いと遠足、そこで宮永の作品を見た。

ツタに覆われた壁がいかにも歴史に忘れ去られたという風情の布の染物屋の倉庫跡。入ると黒い地面に机と道具が置かれていて、トタンの錆も何とも言えぬ味わい、場所の魅力(?)のみと思いきや、天井を見上げるとまだらに淡い色彩の付いた布がぶら下がっており、机、道具のある所は影の様に色ぬきになっている。この奈良の企画はどこでもちゃんと「説明員」がいて、天井の布は地面に染み込んでいた染料を机の上にあるガラス瓶の中にあった「酢酸」で布へ吸い上げたものとの解説を受けた作品解説サイト


私が彼女の作品を初めて見たのは、塩田千春、内藤礼に比べると最近で、2008年、小学校がアートセンターになった京都芸術センターにて。海外からのアーティスト・レジデンスもしているとのことで、殊勝にも友人作家のF君とJ君の資料を携えて宣伝にでかけたときに丁度個展がなされていた。塩が結晶した糸が張られた空間、もう一つはと時間とともに消えて行くナフタリンのオブジェを飾った空間。その頃私は野外設置で自然に朽ちればよしとする作品制作を多くしていたので、勿論ナフタリンのアイデアにはとても共感を覚えたが、ちょうど「塩のドローイング」の第一期の作品も名古屋のLギャラリーで見せていたところだったので一瞬「やばい!」、宮永愛子は他に何をしているのだろうとかなり心配になったのだった。
だからその後結構フォロー(というか彼女がますます活躍し出したにすぎないが)、 パリの日本文化会館、愛知トリエンナーレ(2010)、そして去年の秋は奈良に加え、京都のセンターも見た。京都では塩田千春とモチーフとして共通するような鍵の秘められた鞄のほか、ウユニ塩湖やソルトレークなどの塩スポットを旅行した写真があって、「あれ、またやられちゃった」(?)という感じだが、人から海水も岩塩ももらっている私には大旅行の余裕はないので、ここはあっさりコンセプトの違いということにしておきましょうか(笑) こういう風に、おこがましいが、私と彼女の作品とは重なる所が多くて、自分のことを書いてしまうのでコメントしにくいのだ。

さて話を奈良に戻すと、「塩、ナフタリン、それに酢酸かー、化学に強いのだなー」と感嘆したのだが、フェースブックの彼女自身の投稿によると酢酸ではなく水で色素を地面から引き出したとのこと(「酢酸」は私に同行の二人も同意してくれているので私の空耳ではありません)。何れにせよ彼女は染色屋倉庫跡のただの黒い地面からその場のかつての歴史を見事に抽出・発掘した。素晴らしい発想ですよ。サイトスペシフィックと唱える作家は多いけど、こういう風に本当の意味で「場所固有」な作品ができる人はなかなか少ないですので。

この「古都祝奈良」というイベントの美術部門では、他には黒田大祐の神社の石が長い人生(笑)を語ってくれるサウンドインスタレーションが奇想天外で可笑しかったけど、地味と言うか、あれをつきあって聞く人は少ないかも。西尾美也の古着とそのボタンを使った作品はキレイだった。展示スポットが離れて点在していて不便と言えば不便だが、愛知トリエンナーレみたいにやたら多くなく、町並みを巡っての作品探しは楽しかった。見た作品がハテナ?でも観光で許してしまえるところがあるのはやはり奈良と言う街の魅力ならだろう。但しお寺の拝観料には閉口しましたが、、、。
 
黒田大祐、西尾美也の作品も宮永愛子の作品も「なかまちアートプロジェクト」という部門でこのリンクのページから作品が見られます

(注意:「古都祝奈良」は10月23日で終わっています)

* 注:これはインターネット検索で再三現れる言葉の引用。「気配の痕跡」ってのがわかるようなわからないようなで、いかにも日本的? 

ところで今パレ・ド・トーキョでタロー・イズミという日本人男性作家が大規模な展示をしています。続けて取り上げた3人の女性作家の東洋的世界観でも村上などのオタク路線でもない、日本的なところを感じさせない不思議でダイナミックな作品に驚かされました。また書こうと思いますが先ずは推薦です。(5月8日まで)

最後に日本離れした私の心を揺さぶる修学旅行生の靴々々:これ自体で日本を表わすインスタレーションになっているような、、、



2017年2月12日日曜日

信じることの感動

(sujet principal : l'exposition de Rei NAITO à la Maison de la Culture du Japon
前回の投稿(Where are we going?)を書いたすぐ後、引き合いに出した女性アーティストの内藤礼がパリのに日本文化会館で個展をしていると教えられた(全然アンテナ張ってないし公式ルートには縁がないので☺)。
さっそく会館のサイトを開いてみると、小さな稚拙な人形が原爆の熱風で変形したガラスコップで佇んでいる写真が出て来た。こんなことで原爆の悲劇と対峙できるのかなとかなり疑問、見に行くことないかとも思ったが、瀬戸内海の豊島の、床から湧き出た水がするするっと流れたり水滴となってコロコロ転がったり、水たまりに衝突したり、その振動で水たまりから新たな流れや水滴が生じでたりするのを眺めるだけのための美術館(大空間)という作品に多分生涯に見た全美術作品のなかで少なくとも5本の指に入るほど感動した私である、「あんな作品作ってしまうと後どないするの?」と思いつつ、16区に行く用事があったのでついでに行ったのだが、、、期待していなかったこともあってか(笑)、これがなかなか良かった。

彼女の作品は「聖域」作り。靴を脱いで灰色のフェルトが敷かれた会場に入ると、薄暗〜い。真ん中の白いテーブルを囲むように天井から見えない糸で小さな金属の球が幾つもぶら下がっている。こういうぶら下がり物が微動だにしないのは、時間が止まったような静けさを感じさせる。テーブルの上は3部構成で中央に例の「原爆モノ」があり、両側には小さな人形が点々と置かれている。3部構成のそれぞれの真ん中には一輪差しがあって、中央には縁日のように小さな電球が数珠になって吊られ、全体としては和らいだ公園の一景かのよう。日本文化会館のサイトにある写真を見た方がはやいと言えばはやいのですが、なんか全体の感じが写真では全然つかめない。。。(それが以上しつこく作品を叙述した理由)

これを「なかなか良い」と思ったのは文化会館の展示ホールを上手く「平和への願い」を表現した聖域化に成功していると思うから。でもそういう「虚構」が何になるかといえばおそらく何にもならない、ただ「信じることの感動」*以外には、、、


というのが私の見た感想だが、メガネを忘れて薄暗い空間では読めなかった会場のパンフレットを今となって取り出してみると、ただの金属球と思われしは鈴でかすかな音がするらしい(私は悲しいかな耳鳴りがあるので聞こえない)。それを吊るしていたのは透明糸ではなく白糸?(老眼の所為かな〜)。私の行ったのはパリの空がもう暗くなった6時過ぎだったが、日中は光に満たされるそうで、、、これだと全然違う印象を持つかもしれない。彼女はそういう「うつろい」を表現する作家なのだ。(だからまた行ってみますか)
コンセプトの面では、私の観察とは少し異なり「死者への悼み」がメイン。「死者も私のように現世に呼ばれ、我々はそれ以降に生まれた人と関係を結んでいるが、ある日我々も地上を去る」という言葉が書かれていたが、これはまさに私の前投稿の一言レジュメの「万物流転」。
「他者の死の忘却に対抗する芸術が、他者と生きる幸福を分かち合う芸術と一つに混ざりあう」という美しい言葉もある。私は彼女の声高に叫ばない曖昧な表現を芸術的には評価するのだが「本当にこれでヒロシマで亡くなった人たちの死の忘却に対抗できているだろうか?」とやはり思ってしまう。こういう歴史的悲劇の前では「芸術」は弱い。彼女の作品に被爆者の証言がカップリングされていたら補完しあって素晴らしい物になるのではないかと思うのだが、会場では私の空想する「証言者ビデオ」のかわり(笑)に豊島の美術館に関するビデオ**が流れていた。。。


*「信じることの感動」と思った展覧会タイトル(émotions de croire)は公式には(つまりおそらく作家の言葉では)「信の感情」だそうです。私の直訳より動詞のアクティブさがなくなり曖昧ですよね。
パリ日本文化会館にて3月18日まで

**豊島の美術館、あれはビデオで見てもね〜。解説に「豊島の美術館は建築が自然と芸術の境界を廃絶し、一つの同一の物とした場所です」という作家の言葉が書かれていたが、本当にその通りです。

この写真にならない展覧会の写真は「影響力膨大」なブロガーとして良い写真を送ってもらえるようメールアドレスを残しておきましたが、送られてくるかどうか? 来たらもう少し充実させますので乞うご期待

内藤礼の作品を初めて見たのは今調べてみると何と1993年に遡る。ロンポワン劇場の2階だったか(?)に白いテントが張られ、その中の様々な白いオブジェが並べられている空間に一人づつ(?だったと思う)誘われる「地上の一カ所」(une place sur la Terre)という瞑想空間的な作品だったが、彼女自身がいて案内するという以外、潔癖な「か弱さ」が際立って私にはあまり、、、その後画廊で見てもピンとこなくて、事実豊島へ行くまでは眼中になかったのですけど(笑) 

これで前述日本女性作家三傑の二人を書いたことになるので残るは宮永さんか、、、。 

2017年1月27日金曜日

Where are we going, Bernard?

(sujet principal : l'exposition de Chihari SHIODA au Bon Marché
先日映画を見に行ったら、予告編の後に「糸を絡ませた作品」で有名な塩田千春がわーっとスクリーンに現れてびっくりした。FBの知り合いにも教えてもらっていたのだが彼女が百貨店のル・ボン・マルシェ(LE BON MARCHE)で展示をしていて、その広告だった。最近では街頭ポスターもある。典型的な企業のイメージ戦略である。

「我々は何処に行くのか Where are we going?」というのが展示テーマだが、インタビューページを直訳すると「私たちの身体は(訳注:多大な情報量に)ついてゆけません。それが人生の真の意味を見つける機会に物事を一層複雑にします。私たちの帰属意識の本質にも影響する障害物できた人生を送っています。生活が豊かであればあるほど存在の目的、段階を理解することが難しいようです。私たちは人生の旅路を遍歴するのに紆余曲折しますが、何処へ向かうのでしょうか?」

 「我々は何処に行くのか?」というのは人生の永遠のテーマで文句ないのですが、今日何十隻もの浮かぶボートを見て、毎日地中海を渡ってくる難民を思い浮かべない人がいるだろうか? だが百貨店のページには「難民」も「な」の字もない。
ドイツ在住の塩田さんが現代社会の大問題を考えないとは思いにくく、故意に曲解すれば毎日流れる難民問題が人生の本質を思い誤らせる過大な情報の一つと取れないこともない。そしてこの展覧会に関しては「私は二つの体験、ショッピングを含めた日常の体験と、アートの体験を結びつけるアイデアが好きです」と続いていて、、、。
何かへんだなぁ〜、デパートの「検閲」でもあるのかと「下衆のエイゾウ」は勘ぐってしまうのだが、先ずは現物検証、買う物もないのに百貨店へ。

写真で見て「すごそー」と思っていた天井から吊るされた巨大なインスタレーション 、そしてトンネル***だが、ちょっと「あれっ?」という感じ。空間の大きさ、人の行き来を考えると当然だろうが、糸が太くて絡みが粗いような気がする。私が彼女の作品を初めて見たのは、今調べてみると2001年! パリ近郊のクレテーユ(Créteil)市で行われていたEXITという、ハイテク系アートがメインの、その頃かなりユニークで面白かった展覧会でだった。薄暗い回廊に細い黒い糸が張り廻らされ絡みあい、その蜘蛛の巣に捕われたようにベッドと机、椅子がポツンと置いてあった。病的とも思われる孤独感と寂しさがあり、かつ思索がこんがらがった時の自分の頭の中を覗いてしまったような気にさせる強烈な印象を受けた。ローマ字の作家名を見て、連れの日本人と「どっちかわからないけど(細かい技術と内省的なテーマから)絶対女性だよね」と議論したのを覚えている。その後大きなインスタレーションは、2010年の愛知トリエンナーレのチューブを使ったもの、2014年パリのタンプロン画廊で旅行鞄が吊り下げられていたものを見たが、「糸」のものは小品しか見ていなかった。

だから描いていたイメージに対して糸が太くて絡みが粗かったので「あれっ?」* そして周りの化粧品売り場のあっぴらけな華やかさに妙にとけ込んでしまっていたので、ダブルに「あれっ?」
この作品の軽さは???
結局、白くて無垢で天に向かう舟々は、やはり会場にあったパンフレットの「彼女の人生という旅への思い」の表れで、難民ボートなんてのは基本的には関係なく私の浅はかな詮索でしかなかったのだろうと結論。

概して「現代アート」では社会、文化、政治の「問題の提起」というスタンスを取るものが多いのだが、塩田さんに加え、宮永愛子、内藤礼、この3人の現在の日本を代表する作家が女性で今日の社会問題を越えた「万物流転」的テーマで現代アート作品を作っているのは、アートとしては真っ当だが広く見ると意外にジャポネーズの特殊性なのかもしれないと思いつつ、、、バーゲンセールでもと思ったが全然ショッピングは苦手で、、、

ボン・マルシェへ行ったのは本当に久しぶり(前世紀以来かも)。パン屋やピザ屋のように改装することなく参考投稿、昔のまま古い内装を生かし高級感を出して、お客にはなれないものの嬉しく思いましたが、実は「感」だけでなく、今や"bon marché"(安価)ではなく本当にハイクラスなのです(笑)。

(注:ボン・マルシェは1852年にアリスティッド・ブシコー(Aristide Boucicaut)によって創設された「百貨店の老舗」。当時では新機軸の「製品に値札を受けての定価販売」、そして薄利多売方式で大成功した。今の建物は基本的には建築家ボワローによる改築の1887年当時のもので、エッフェルも技術者としてそれにあたったと言われるが、仏語ウィキでは「それほどのことはしていない」らしい) 日本語ウィキもご参考に
ご参考に格調高き文具売り場

しかし女子店員に金持ちそうなおばさんが化粧品を試させている横にインスタレーションがあって、その他にも廊下に色々な作家の大きな絵がかかっていたりするのですが、何なんでしょうねこれは。やはり「百貨店がアートを利用しているだけで、ショッピングとアートなんて本質的には関係ないんじゃないの」というのが私の意見です。
でも塩田さんも一般的な知名度が抜群になるのは確か。そして今のボン・マルシェの経営はルイ・ヴィトン LVHM グループ。そのトップは芸術愛好家(?)の我が愛すべきアルノー氏**ですからね〜、「話はただの企業のイメージ戦略なんていう一筋縄の話ではなさそうですよ」と言うと「下衆エイゾウの勘ぐり」に逆戻りでしょうか?

**アルノー(Bernard Arnault)氏のことは以下の投稿をご参考に
2015年5月23日 身も心も
2016年4月11日 I ♥ Bernard


塩田千春さんの展示は2月18日まで。参考:ル・ボン・マルシェの展覧会ページ(ビデオ、制作中の写真もあります)。古い百貨店の雰囲気も日本の方には楽しめるでしょう。

***後記:インスタレーションのボートは150隻もあるそうです。それからトンネルの方は「海の記憶」という題。ビジターが波の中に入り込むように仕立ててあるそうで、テーマはますます難民にような???
 

以下2作はインターネットから拝借した作品
これは前回のベニスビエンナーレ(日本代表)で大評判になった作品

これが昔見たのに近いけど、クレテーユでは窓などない薄暗い閉鎖空間だった
*追記:昔見た黒糸は本当に細かったのか、黒い色だったからか? 16年前なので100%自信はありませんが、多分、、、